6.健康を決めるのは医療者から市民へ

健康を決める社会を知り行動するヘルスリテラシー

6.健康を決めるのは医療者から市民へ

『これからのヘルスリテラシー 健康を決める力』(講談社、2022)
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健康の社会的決定要因に関するヘルスリテラシー

 健康の社会的決定要因とは、健康格差を生み出す政治的、社会的、経済的要因のことです。これらの要因によって、私たちのライフスタイルや生活環境には差が生じ、その結果として人々の健康状態の差が生じます。このことについては、社会経済的な格差と健康、それを知るのもヘルスリテラシーでも紹介しています。健康格差をなくすためには、人々が健康の社会的決定要因を知り、それを変化させられるように働きかけられるヘルスリテラシーが求められます。言い換えれば、健康を決める社会を知り行動する力です。


 ヨーロッパで開発された尺度のHLS-EU-Q47[1](日本人のヘルスリテラシーは低いで紹介しています)でも、このようなヘルスリテラシーを測定しています。しかし、測定するための項目数はごく少数に限られていて、十分にそれを測定しているとは言えませんでした。そこで、健康の社会的決定要因に特化した、社会のあり方と健康の関係を知り行動できる力を測定する、新たなヘルスリテラシーの尺度(Health Literacy on Social Determinants of Health Questionnaire, HL-SDHQ)が開発されました[2]。


10種類の健康の社会的決定要因

 

この尺度HL-SDHQの開発では、健康の社会的決定要因についてのエビデンス(科学的根拠)を集めて作成した報告書(WHO(世界保健機関)ヨーロッパ事務局『健康の社会的決定要因:確かな事実』第2版[3])を参考にしています。そこでは、健康の社会的決定要因として、「社会格差」「ストレス」「幼少期」「社会的排除」「労働」「失業」「ソーシャルサポート」「依存」「食品」「交通」の10種類があるとしています(詳しくは社会経済的な格差と健康、それを知るのもヘルスリテラシーをご覧ください)。



社会経済的な格差と健康


 このうち「ソーシャルサポート」では、1人ひとりのつながりや助け合いを表しますが、お互いに信頼し合っていたり、多くの人が安心感を抱いていたりする、人と人との間にある関係である「ソーシャルキャピタル」も含まれています。ソーシャルキャピタルが、健康との関連で注目されていることは、「人と人との関係が健康をつくる」で詳しく紹介しています。そのため、地域や職場などにある信頼関係としての「ソーシャルキャピタル」を重視することにして、独立して追加しています。


 また、「ストレス」については、他の9つと幅広く関連しています。そのため、それがとくに問題となる「労働」「失業」「依存」のなかに含める形にして、10種類からは除いてあります。
これら10の社会的要因からなる質問項目は、全部で33項目あります。HLS-EU-Q47にならって健康の社会的決定要因に関する情報の「入手」「理解」「評価」「活用」という4つの能力を測定しています。例えば「社会格差」については、「所得の少ない人ほど病気になりがちであると理解するのは」に対して「とても簡単」「やや簡単」「やや難しい」「とても難しい」という選択肢で回答してもらいます。難しいか簡単かをたずねるものですが、それは個人の能力だけでなくて、それを実行することが困難な状況や環境、その中でそれをどれだけ強く求められるかを反映するものとしています。

健康の社会的決定要因に関するヘルスリテラシーの調査結果

 尺度の開発のための調査は、調査会社にモニター登録している(約250万人)全国の人の中から、20~69歳の男女を対象に実施されています。2014年10月にウェブを使った調査を実施し、958名から分析に有効な回答を得ています。


 その結果、「入手」「理解」「評価」「活用」の能力別に見ると、日本における以前のヘルスリテラシーの調査と同様に[4]「評価」と「活用」の項目で「難しい」(「とても難しい」と「やや難しい」を合わせた割合)に対する回答の割合が高くなっていました。


 例えば、「活用」の項目での「労働者の健康を守るための制度や法律を求めて、政治や行政に働きかけるのは」に「難しい」と回答した割合は86.0%と最も高い結果となっています。他にも、政治や行政に働きかける行動に関する3項目でも「難しい」とする回答の割合は高くなっていました。また、「入手」の項目でも「食生活の変化と健康の関係に関する情報を見つけるのは」において「難しい」割合が49.7%であることを除くと、その他全ての項目で50%以上の人が「難しい」と回答していました。



表 質問項目と回答の分布(%)
  質問項目 とても簡単 やや簡単 やや難しい とても難しい わからない/あてはまらない
社会格差 社会的な地位が健康に影響を与えることについて知るのは 1.1 14.9 49.2 28.0 6.7
所得の少ない人ほど、病気になりがちであると理解するのは 7.3 31.0 45.8 11.9 3.9
社会には、健康な生活を送るうえでどのような不公平があるかを判断するのは 5.2 23.2 50.9 19.0 1.7
誰もが健康でいられる公平な社会をつくるために協力するのは 3.7 18.2 47.1 29.0 2.0
幼少期 妊娠中の母親の生活が、生まれる子供の成長に与える影響に関する情報を見つけるのは 4.3 28.8 43.3 19.3 4.3
子供の頃に受けた虐待は、大人になっても影響すると理解するのは 19.3 43.4 27.0 9.9 0.5
小さい子供が健康に暮らせるように、政治や行政に働きかけるのは 1.6 13.4 45.8 36.5 2.8
育児支援を行っている活動に参加するのは 3.2 18.5 46.5 24.9 6.9
社会的排除 社会から孤立して健康を損ねている人を見つけるのは 2.6 12.3 41.5 40.8 2.8
地域や職場で孤立していることは、健康に影響すると理解するのは 15.0 41.8 33.7 8.2 1.3
支援が本当に必要な人に、どのような行政サービスが提供されるべきかを判断するのは 2.2 16.1 46.7 33.6 1.4
貧困をなくすための活動に参加するのは 1.4 11.8 46.7 36.7 3.4
労働 仕事の進め方を自分で決められることは、ストレスと関連すると理解するのは 11.1 40.2 37.7 9.9 1.2
仕事の負担感は、どの程度あると健康に影響するかを判断するのは 2.9 22.1 52.2 21.7 1.1
労働者の健康を守るための制度や法律を求めて、政治や行政に働きかけるのは 1.4 10.3 43.6 42.4 2.3
仕事上の努力に見合わない報酬に対して、上司や雇用者に働きかけるのは 1.8 11.6 41.9 41.3 3.5
失業 労働者の失業とストレスの関係に関する情報を見つけるのは 3.0 20.7 49.8 23.7 2.8
雇用が安定しない仕事は、大きなストレスになると理解するのは 24.2 41.9 26.0 7.7 0.2
就職や職業訓練の機会を増やすための活動に参加するのは 2.0 14.9 51.1 28.5 3.4
ソーシャルサポート  地域や職場で困っている人が必要な支援について知るのは 2.9 18.5 49.9 27.1 1.6
地域や職場で困っている人に、どのような支援を提供すべきかを判断するのは 1.7 15.3 52.7 29.6 0.7
地域や職場で困っている人やその家族を支援するための活動に参加するのは 2.2 13.5 50.2 32.1 2.0
ソーシャルキャピタル 所得格差の拡大は、人々のつながりを希薄にすると理解するのは 14.4 37.3 35.5 10.5 2.3
ご近所同士は、どのように助け合っていけばよいかを判断するのは 3.1 18.2 53.7 24.2 0.8
健康のために、人とのつながりが大切なことを広める活動に参加するのは 2.6 19.3 50.9 26.4 0.8
依存 喫煙がストレスの原因の解決にならないことについて知るのは 8.4 30.2 41.4 16.1 3.9
ストレスの多い社会では、薬物への依存が起こりやすいと理解するのは 16.4 39.6 33.6 8.8 1.7
不法薬物を使用した人が治療を受けやすくなるように、政治や行政に働きかけるのは 1.3 10.2 43.3 41.9 3.2
食品 食生活の変化と健康の関係に関する情報を見つけるのは 9.1 40.4 38.0 11.7 0.7
加工食品の普及による長所と短所を判断するのは 3.4 28.2 47.9 19.7 0.8
健康的な食事を推進するための活動に参加するのは 3.2 26.5 48.0 21.4 0.8
交通 車社会は健康にどのような影響を与えるかを判断するのは 4.2 29.8 50.5 14.1 1.3
歩行者や自転車利用者が優先される道路を求めて、政治や行政に働きかけるのは 1.6 15.9 48.0 33.1 1.4

健康の社会的決定要因に関するヘルスリテラシーの背景

個人ではなく集団としての健康

 多くの項目で「難しい」という回答の割合が多くなっていた背景には、まだ、健康問題は個人の問題と考えられがちで、社会や環境の問題として認識されにくいことがあると思われます。健康のために社会のあり方を変えていくためには、あらゆる関係者(ステークホルダー)が関わっていく必要があります。政治や行政に働きかけるという行動が難しいという結果からは、市民がそこに十分関わることができていないことが考えられます。これは市民の側に知識や経験が不足しているだけではなく、政治や行政が市民のための窓口を十分に開けていないことや、周知できていないことが推察されます。

社会格差と健康

 「社会格差」の項目では、どれも「難しい」という回答の割合が高くなっていました。他の要因では比較的「難しい」の割合が低くなっていた「理解」に関する項目でも唯一50%以上が「所得の少ない人ほど、病気になりがちであると理解するのは」を「難しい」と回答しました。社会格差を経済的問題として認識している人は多いかもしれませんが、健康問題とし認識している人が少ないと思われます。

幼少期と健康

 「幼少期」の項目では、「小さい子供が健康に暮らせるように、政治や行政に働きかけるのは」「育児支援を行っている活動に参加するのは」において「難しい」という回答の割合が高くなっていました。これらの活動は、自分の子供に限らず、地域や職場の同僚や子供などを支援するものが含まれます。育児を、親だけの責任として捉えるのではなく、子供たちの成長に必要な環境を社会で構築していく必要があります。
子供の出生時体重が小さいほど大人になってから糖尿病になりやすいなど、生まれる前後の状況が生活習慣病の発生率に影響することがわかってきています。若い女性や妊婦のやせにつながるライフスタイルや経済状況など、その時期の女性への支援をより重視していく必要があります。

失業と健康

 「失業」に関する項目では、「雇用が安定しない仕事は、大きなストレスになると理解するのは」で「簡単」の割合が高かったのに対して、「労働者の失業とストレスの関係に関する情報を見つけるのは」では多くの人が「難しい」と回答していました。「失業」そのものよりは、いつそのような状況になるかわからないほうが、健康に影響するという研究もあります。「失業」やその可能性があることを意識しなくてはならないストレスが、具体的にはどのようなものであるかという情報が提供されていないことが背景にあると思われます。

職場における健康づくり

 “過労死”という言葉が“Karoshi”と英語辞書に掲載されるような、世界で類を見ないことが起こっているなど、日本での労働は様々な問題点を抱えています。近年、職場での健康づくりのための環境が整備されつつありますが、労働環境の改善が「難しい」と捉えられている調査結果からは、個人の努力では限界があることも示しています。健康の社会的決定要因に関するヘルスリテラシーは、言い換えると、現在の環境を作り出している原因を知ってそれを変えるために活動できる能力です。これは、ナットビーム(Nutbeam)が提唱した批判的なヘルスリテラシーです[5][6]。多くの人がこれを持つことなしには、健康のために必要な改善ができないことを示していると言えるでしょう。

健康の社会的決定要因に関するヘルスリテラシーの教育

 社会的要因が健康に大きく関わっているという教育を受けた方はどのくらいいるでしょうか。保健医療の専門家であっても少ないと思います。そのため、アメリカでは、健康の社会的決定要因と健康の関係について学習し、批判的ヘルスリテラシーを身に付けるための組織Just Health Actionがあります。大学の国際保健、公衆衛生、工学、都市計画などのコース、高校、クリニック、保健医療機関、公衆衛生部局などで教えています。健康教育の専門家からなる諮問委員会があって、コミュニティの専門家と一緒に教えることでカリキュラムの適切性を保証しています。健康の不公平に関する研究歴のあるインターンもいて、健康の不公平に関する研究も実施しています。

 教育は4つの要素からできていて、健康は人権であると理解して健康の社会的決定要因について知る(知識)、学生自身が社会変化の主体であるという方向性を見出すための活動を知る(行動指針)、健康の社会的決定要因に働きかける戦略やアドボカシーのツールを知る(ツール)、健康の公平を進める活動を開発して実施する支援を行う(活動)となっています。日本においてもこのような活動が行なわれていくことが望まれます。



(松本真欣、中山和弘)(公開日2017年2月9日)(更新日2017年2月26日)


文献

[1] Sørensen K, et al. Measuring health literacy in populations: illuminating the design and development process of the European Health Literacy Survey Questionnaire (HLS-EU-Q). BMC Public Health 2013 13:948.

[2]Matsumoto M and Nakayama K. Development of the health literacy on social determinants of health questionnaire in Japanese adults. BMC Public Health. 2017 Jan 6;17:30

[3]WHO(世界保健機関)ヨーロッパ事務局『健康の社会的決定要因:確かな事実』第2版

[4]Nakayama K, et al. Comprehensive health literacy in Japan is lower than in Europe: a validated Japanese-language assessment of health literacy. BMC Public Health. 2015 May 23;15:505

[5]Nutbeam, D. : Health literacy as a public health goal: a challenge for contemporary health education and communication strategies into the 21st century. Health Promotion International, 15(3), 259-267, 2000.

[6]中山和弘:ヘルスリテラシーとヘルスプロモーション,健康教育,社会的決定要因.日本健康教育学会誌,22(1),76-87,2014.

コメント

健康格差をなくすために、人々が健康の社会的決定要因を知り、自ら行動する力が求められることに賛成である。健康問題を解決するために、その原因が分からなければ、正しく問題を解決することができないからである。しかし、私たちは健康問題が個人の問題と思われがちであり、社会や環境的要因が人々の健康に大きく関わっていることについて中々認識されていない。例えば、タバコは個人や周囲に健康を害することが広く認識されているが、多くの飲食店ではまだ100%全面禁煙ではなく、健康を維持するために個人の努力だけでは限界がある。そのため、国からの環境づくり対策や工夫などが必要であるが、私たち自身が社会のあり方や健康の社会的決定要因と健康の関係を知り、健康を阻害する要因に気づき、変化を促す行動も重要だと考える。多くの人々にこれらに関するヘルスリテラシーの教育が望まれる。

ウェッシャピタック ワンナサー 2018年5月17日14:25

この記事を読み、特に、多くの人が政治や行政に働きかけるのは難しいと思っているという内容に深く共感しました。健康は社会や環境に大きく影響されると私自身も薄々と感じておりましたが、社会全体が健康問題は個人の問題であるという空気で満たされているため、疑問を感じても大きく行動に出ることは非常に難しいと思います。私は、以前から日本の労働環境には疑問を持っていて、しかしそれを変えるという考えには至らないし、変えられるとも思えなかったので海外に移住することを考えたことがあります。しかし、この記事を読んで、社会全体の認識は教育によって変えられるのかもしれないと知ることができ、もしかしたら日本の社会の健康観も大きくシフトできる日が来るのではないかと思いました。この記事をきっかけに、変えるにはどうしたらよいかの視点を持つことができたので、このような記事がより多くの人の目に留まるといいなと思いました。

駒板 美沙子 2018年6月28日15:31

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