第12回 「選択肢は一つ」は疑え
毎日新聞コラム「健康を決める力」
毎日新聞 2018年5月27日 東京朝刊掲載
「医療機関ネットパトロール」のサイト画面
今年の米国アカデミー賞を受賞した辻一弘さんのメークが話題になった映画「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」を見ました。第二次世界大戦で英国が窮地に陥り、チャーチル首相が意思決定を迫られた時の話です。ヒトラーと戦うか和平交渉かという選択肢から一つを選ぶ作業です。国民の生命と誇りのどちらが大事か、という価値観が問われた難しい意思決定でした。
彼の妻の言葉「迷いがあるから賢くなれる」が印象に残りました。英語のセリフは「You are wise because you have doubts」でした。「doubt」は辞書を調べると最初に「疑い、疑念」とあり「疑うからこそ賢い」とも訳せます。さらに「疑いは、知の始まりである」というデカルトの言葉が載っていました。目前に一つの選択肢しか見えない時にそれを疑い、他の選択肢と比べることの大切さです。
チャーチルはヒーローになりましたが、それはあとになって思えばであって、多くの犠牲者を出したことからも、別の選択肢だったらという意見もあるようです。人は結果を知ると「そうなるとわかっていた」と思いやすい傾向があります。結果を知らなければ、予測できなかったはずなのに、記憶がゆがめられます。これは後知恵バイアス(偏り)、結果論とも呼ばれるものです。本来、意思決定が正しかったかどうかはそのプロセスの適切さ、すなわち選択肢をきちんと比較したかで評価すべきです。
健康に関する意思決定ではどうでしょう。世間には一つの方法を選んだ結果「これでよくなった」「これでやせた」と紹介する情報があふれています。ようやく、来月1日から、医療機関のウェブサイトが広告として規制されます。虚偽や誇大表示はもちろん、体験談も禁止です。疑わしいサイトを厚生労働省「医療機関ネットパトロール」(http://iryoukoukoku-patroll.com/)に通報できます。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)やブログ全盛の現代では、結果論のような記事や書き込みが後を絶ちません。求められるのは、一つだけの情報を疑い、別の情報と比較して決める力です。
次回のコラムは、サッカー・ワールドカップ(W杯)ロシア大会の1次リーグ終了後です。「1次リーグは突破するとわかってたよ」と思わず言ってしまえることを期待します。
(次回は7月1日掲載)
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毎日新聞コラム「健康を決める力」
- 第1回 膨大な情報、適切に選択
- 第2回 多くの選択肢確保を
- 第3回 選択の自由 幸福感に
- 第4回 その情報、信頼できる?
- 第5回 元ネタは同じでも
- 第6回 信頼できる情報、どこに
- 第7回 情報をどう見極める?
- 第8回 統計理解しリスク回避
- 第9回 医学用語は「難しい」
- 第10回 対話で生まれる理解
- 第11回 記録文書を残す意義
- 第12回 「選択肢は一つ」は疑え
- 第13回 どんなものにも光と影
- 第14回 ギャンブルVS統計学
- 第15回 ストレス対処の「資源」
- 第16回 自己決定と幸福感
- 第17回 精神疾患が教科書に
- 第18回 子ども時に判断力を
- 第19回 手をとりあってこそ
- 第20回 平均寿命と平均余命
- 第21回 困難、課題対処する意思決定
- 第22回 看護週間 ケアの心を考えて
- 第23回 患者から「ティーチバック」大事
- 第24回 研究に患者が参加する意義
- 第25回 患者中心の意思決定のために
- 第26回 ヘルスリテラシーを測る
- 第27回 意思決定できるスキルを
- 第28回 行動できるかが大事
- 第29回 意思決定への自信を測る
- 第30回 自分にとって何が重要か
- 第31回 「からだ」「こころ」「社会」
- 第32回 長寿社会ニッポン 死と向き合う
- 第33回 「医療化」のリスク
- 第34回 「病気」が示す3つの側面
- 第35回 高齢者のコロナ対策
- 第36回 新型コロナ 意思決定の手助けに
- 第37回 数値が示す表と裏
- 第38回 「健康のためになる行動」とは
- 第39回 元ネタ増やす努力
- 第40回 「できる」という自信を持つこと
- 第41回 ヘルスリテラシーを
- 第42回 最終回も「意思決定」について