第3回 選択の自由 幸福感に
毎日新聞コラム「健康を決める力」
毎日新聞 2017年7月2日 東京朝刊掲載
高校1年生の終わりに、友人と署名運動を起こしたことがあります。理系と文系のクラス分けを3年から2年に早めるという決定に対する抗議でした。寝耳に水で、すぐには決められない(文系女子と離れたくない......)という思いからでした。しかし、結局は失敗に終わりました。インターネットがない時代の16歳にとって、職業選択につながる意思決定を急に強いられるのは、ハッピーな経験ではありませんでした。
内容は違いますが、健康情報をもとに意思決定できる力であるヘルスリテラシーは、日本では高くないというのが私たちの調査結果です。では、どの国が高いかといえば、15カ国・地域の調査ではオランダでした。オランダでは、利用者満足度第1位の在宅ケア組織ビュートゾルフが広く普及しています。看護師である創業者によれば、その根底に「自分の人生の中で起きるいろいろなことについて自分で判断して決定できれば、自分の人生に自ら影響を与えられるし、より幸せな人生を送ることができる」という信念があるそうです。選択の自由を重視し、そのために必要な情報を提供する。情報の公開度は世界でトップクラスです。
世界の幸福感の調査によれば、人生の選択の自由度が高い国ほど幸福感が高い傾向にあることがわかっています。オランダが人生の選択の自由度とともに幸福感も世界の上位なのに対し、日本の幸福感は先進国では低めで、人生の選択の自由度は最低ランクです。
保健福祉の例をあげれば、少子化に関連して「非正規雇用で結婚できるか」「結婚して姓を選べるか」「結婚しなくても子供を産めるか」「仕事と子育てを両立できるか」などがあり、また、喫煙は、死因1位であるがんに関する予防可能な最大の原因ですが、これも世界の国並みに「飲食店で受動喫煙をしなくて済むか」があげられます。
私たちは、選択の自由が無い状況が健康と幸福感に影響していることに気付く必要があるようです。その原因を知って、それを変えるために意思決定して行動できる力、すなわちヘルスリテラシーが求められます。受動喫煙については、「#たばこ煙害死なくそう」などの数々の署名運動が展開されています。私も賛同して参加をしています。
高1の終わり、私たちは集めた署名を抱え先生たちと交渉に臨みました。しかし、校則を盾にした先制攻撃を受けて沈黙し、すごすごと撤退してしまいました。後で聞いた話ですが、先生たちは、もしあの時きちんと署名を手渡されていたら対応に困ってしまっていたそうです。一人一人の思いを声にして届けることの大切さを学んだのでした。
(次回は8月6日掲載)
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毎日新聞コラム「健康を決める力」
- 第1回 膨大な情報、適切に選択
- 第2回 多くの選択肢確保を
- 第3回 選択の自由 幸福感に
- 第4回 その情報、信頼できる?
- 第5回 元ネタは同じでも
- 第6回 信頼できる情報、どこに
- 第7回 情報をどう見極める?
- 第8回 統計理解しリスク回避
- 第9回 医学用語は「難しい」
- 第10回 対話で生まれる理解
- 第11回 記録文書を残す意義
- 第12回 「選択肢は一つ」は疑え
- 第13回 どんなものにも光と影
- 第14回 ギャンブルVS統計学
- 第15回 ストレス対処の「資源」
- 第16回 自己決定と幸福感
- 第17回 精神疾患が教科書に
- 第18回 子ども時に判断力を
- 第19回 手をとりあってこそ
- 第20回 平均寿命と平均余命
- 第21回 困難、課題対処する意思決定
- 第22回 看護週間 ケアの心を考えて
- 第23回 患者から「ティーチバック」大事
- 第24回 研究に患者が参加する意義
- 第25回 患者中心の意思決定のために
- 第26回 ヘルスリテラシーを測る
- 第27回 意思決定できるスキルを
- 第28回 行動できるかが大事
- 第29回 意思決定への自信を測る
- 第30回 自分にとって何が重要か
- 第31回 「からだ」「こころ」「社会」
- 第32回 長寿社会ニッポン 死と向き合う
- 第33回 「医療化」のリスク
- 第34回 「病気」が示す3つの側面
- 第35回 高齢者のコロナ対策
- 第36回 新型コロナ 意思決定の手助けに
- 第37回 数値が示す表と裏
- 第38回 「健康のためになる行動」とは
- 第39回 元ネタ増やす努力
- 第40回 「できる」という自信を持つこと
- 第41回 ヘルスリテラシーを
- 第42回 最終回も「意思決定」について