第2回 多くの選択肢確保を
毎日新聞コラム「健康を決める力」
毎日新聞 2017年5月28日 東京朝刊掲載
意思決定例
小2の時にバスにはねられました。いつもは学校前の歩道橋を渡っていたのに、歩道橋と横断歩道のない下の国道を渡るのと、どちらが早いか友達と競争になったのです。言い出しっぺが先に歩道橋の方に走って行って、いつの間にかゲームは始まり、気がついたら病院でした。
何も決めた覚えはありません。「決める」とは「意思決定」とも呼ばれます。それは行動する前に二つ以上の選択肢から一つを選ぶことです。私に残された選択肢は下の道路だけでした。意思決定できない中で、命を落とすところでした。
人生は流れにまかせてきたという方はいませんか。私もその口ですが、自分で決めたつもりでも、実は選択肢が一つしかなかったのかもしれません。それでも「これでいいのだ」とわかったような顔で受け入れてきたことも少なくないように思います。小さな頃から、複数の選択肢を探す意識を持たないと、意思決定が苦手になるのでしょう。
特に大事な意思決定の場面で、後悔しないようにするには、相応の数の選択肢が必要でしょう。よりよい意思決定のためには、可能性のある選択肢をすべて入手すること、くれぐれも途中で選択肢を消さないことが大事です。以前、看護の方々を前にした講演で「結婚相手を探しているなら福山雅治さんを遠慮しないで選択肢に入れてください」と話しました。選択肢に入っていれば、たとえ見込みが低くても、チャンスは残されています。そして、いつでも消せるのです。
例えば、医師に「あなたの場合、手術か抗がん剤治療......そんなところですね」と言われた場合、医師の考えで選択肢が消されているかもしれません。患者の意思決定を尊重する医師なら「手術か抗がん剤治療、放射線治療、ホルモン療法、代替療法、少し様子を見て経過観察、があります。それぞれの長所と短所は○○と××......」と言ってくれるでしょう。もし「もうできる治療はありません」と告げられても、選択肢なしで意思決定はできません。自分の前にすべての選択肢がそろっているかを医師に確認する必要があります。
情報とは意思決定に必要なもの。意思決定をするのは情報の提供者ではなく、受け手です。受け手中心の信頼できる情報とは、選択肢のリストとそれぞれの長所と短所の説明によって、意思決定を支援するものです。選択肢を消すのは、すべての選択肢をよく理解して、胸に手を当てて、何が大事かを決めた後です。
(次回は7月2日掲載)
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毎日新聞コラム「健康を決める力」
- 第1回 膨大な情報、適切に選択
- 第2回 多くの選択肢確保を
- 第3回 選択の自由 幸福感に
- 第4回 その情報、信頼できる?
- 第5回 元ネタは同じでも
- 第6回 信頼できる情報、どこに
- 第7回 情報をどう見極める?
- 第8回 統計理解しリスク回避
- 第9回 医学用語は「難しい」
- 第10回 対話で生まれる理解
- 第11回 記録文書を残す意義
- 第12回 「選択肢は一つ」は疑え
- 第13回 どんなものにも光と影
- 第14回 ギャンブルVS統計学
- 第15回 ストレス対処の「資源」
- 第16回 自己決定と幸福感
- 第17回 精神疾患が教科書に
- 第18回 子ども時に判断力を
- 第19回 手をとりあってこそ
- 第20回 平均寿命と平均余命
- 第21回 困難、課題対処する意思決定
- 第22回 看護週間 ケアの心を考えて
- 第23回 患者から「ティーチバック」大事
- 第24回 研究に患者が参加する意義
- 第25回 患者中心の意思決定のために
- 第26回 ヘルスリテラシーを測る
- 第27回 意思決定できるスキルを
- 第28回 行動できるかが大事
- 第29回 意思決定への自信を測る
- 第30回 自分にとって何が重要か
- 第31回 「からだ」「こころ」「社会」
- 第32回 長寿社会ニッポン 死と向き合う
- 第33回 「医療化」のリスク
- 第34回 「病気」が示す3つの側面
- 第35回 高齢者のコロナ対策
- 第36回 新型コロナ 意思決定の手助けに
- 第37回 数値が示す表と裏
- 第38回 「健康のためになる行動」とは
- 第39回 元ネタ増やす努力
- 第40回 「できる」という自信を持つこと
- 第41回 ヘルスリテラシーを
- 第42回 最終回も「意思決定」について