第40回 「できる」という自信を持つこと
毎日新聞コラム「健康を決める力」
毎日新聞 2021年1月6日 医療プレミア
寒い日が続きますが、風邪などひいていないでしょうか。もし、せきやくしゃみが出るときは、マスクやティッシュ、ハンカチ、袖を使って、口や鼻を押さえることが求められています。マスクをしていない時に、急に出てしまうこともありますが、必ずできるという自信があるでしょうか。他にも感染予防のためには、マスク、手洗い、部屋の換気、少人数での静かな食事――などの行動を守ることが挙げられますが、適切にできる自信がどれほどあるでしょうか。
なぜ自信にこだわるかというと、これまでの習慣にない新しい行動を始めたり、続けたりするには、「できる」という自信が大切なことが知られているからです。学校で跳び箱を跳ぶ時、走っていっても直前で自信がなくて止まってしまった経験はないでしょうか。このような、ある行動ができる自信のことを自己効力感(英語ではセルフエフィカシーです)と言います。いくら強く望んでいる行動でも、それ以前に自信がないとできないということです。
この自己効力感を提唱したアルバート・バンデューラは、ヘビが怖い人を対象に実験をしています。絶対に参加したくない実験ですが、ヘビの入った水槽に近づけるか、水槽をのぞけるか、ヘビを触れるか、ヘビを膝にのせられるかなど、それぞれができる自信の程度を測定しています。私は幼い頃に、家の玄関を出たらこちらを見ている長い長いヘビと目が合って身がすくんだり、河原で大きなヘビがすごいスピードでくねくね進むのを見たりして、大の苦手です。道路に落ちているひも状のものを見ただけでブルッときます。動物園などでガラス越しに見るのはできますが、それ以上は全く自信がありません。
自己効力感は、健康のために望ましいとされている行動でも、重要であることがわかっています。例えば、禁煙教室に参加した人に、終了後に「明日から禁煙できる自信がありますか。自信の程度を0~100%でお答えください」と質問して、10%だったとすれば禁煙は難しいでしょう。また、禁煙を続けられるかどうかについても、さまざまな困難な環境を想定してもらって、自信を測ることでその可能性がわかります。例えば、「周囲の人がみんなたばこをおいしそうに吸っているときに吸わずにいられますか」「お酒を飲んでいるときに、たばこを勧められたら断れますか」といった調子です。
では、どうしたら自信が身につくのでしょうか。みなさんはこれまでどのような経験で自信を持ったでしょう。最も自信が身につきやすいものは、目標を達成した経験です。そしてさらに、ごほうびをもらったり(自分から自分にでも)、ほめてもらったり、喜びや楽しさを得られたりすることです。そのために肝心なことは、成功する見込みのある目標を立てることです。目標が高すぎる場合は、失敗のもとになって、かえって自信を失います。跳び箱なら、いきなり高い段数にせずに、いい感じで跳べる程度から始めて、それで自信がついたら、次の目標を設定すればよいわけです。したがって、高すぎる目標をあきらめることを含めて、自信をうまく身に付けられる目標を設定できることは大切です。
しかし、健康に関しては、特に病気を予防する場合、目標を達成したという結果がすぐに見えないという特徴があります。新型コロナウイルス感染症でも、無症状の場合もありますし、頻繁に検査するのは難しいこともあって、予防できているという確信が持ちにくいと思います。そもそも何を目標としたらよいのかさえも見えにくい中では、できることはしていると互いに認め合い、声を掛け合うことが大切ではないでしょうか。バンデューラも、自信を持つためには、自信が持てるように言葉をかけることが大事だとしています。
また、果たして私たちは自分の経験でしか学べないのでしょうか。そうだとすると何でもかんでも自分で経験しないと成長しないことになります。そうではなくて、「背中を見て育つ」とも言います。学校の跳び箱では、みんなが順番に跳んで成功したり失敗したりする様子を見て学べたことは多かったはずです。他の人の行動を観察することで、自分がどうすればよいかを学べるということです。
これはバンデューラによって、モデリングと呼ばれたものです。観察学習ともいわれます。他者を観察することで「あの人でも、ああすればうまくいったのだから自分もできる」と自信を持つことができます。特に自分とよく似た人の様子を見ることで、より良い見本とすることができます。その方が、起こったことに共感しやすく、現実感もあるからです。患者会など同じ立場の人がグループを作って取り組むと、学び合う効果が高くなる理由でもあります。
これは、新型コロナのような国や地域をあげて社会全体で取り組む場合もそうでしょう。みんなが頑張っている中で、自信を失いそうになった時ほど、影響力がある人が見本(反面教師もありますが)を見せることは大きな意味を持ちます。みんなで乗り越えられる自信を持てるように支えあいましょう。
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毎日新聞コラム「健康を決める力」
- 第1回 膨大な情報、適切に選択
- 第2回 多くの選択肢確保を
- 第3回 選択の自由 幸福感に
- 第4回 その情報、信頼できる?
- 第5回 元ネタは同じでも
- 第6回 信頼できる情報、どこに
- 第7回 情報をどう見極める?
- 第8回 統計理解しリスク回避
- 第9回 医学用語は「難しい」
- 第10回 対話で生まれる理解
- 第11回 記録文書を残す意義
- 第12回 「選択肢は一つ」は疑え
- 第13回 どんなものにも光と影
- 第14回 ギャンブルVS統計学
- 第15回 ストレス対処の「資源」
- 第16回 自己決定と幸福感
- 第17回 精神疾患が教科書に
- 第18回 子ども時に判断力を
- 第19回 手をとりあってこそ
- 第20回 平均寿命と平均余命
- 第21回 困難、課題対処する意思決定
- 第22回 看護週間 ケアの心を考えて
- 第23回 患者から「ティーチバック」大事
- 第24回 研究に患者が参加する意義
- 第25回 患者中心の意思決定のために
- 第26回 ヘルスリテラシーを測る
- 第27回 意思決定できるスキルを
- 第28回 行動できるかが大事
- 第29回 意思決定への自信を測る
- 第30回 自分にとって何が重要か
- 第31回 「からだ」「こころ」「社会」
- 第32回 長寿社会ニッポン 死と向き合う
- 第33回 「医療化」のリスク
- 第34回 「病気」が示す3つの側面
- 第35回 高齢者のコロナ対策
- 第36回 新型コロナ 意思決定の手助けに
- 第37回 数値が示す表と裏
- 第38回 「健康のためになる行動」とは
- 第39回 元ネタ増やす努力
- 第40回 「できる」という自信を持つこと
- 第41回 ヘルスリテラシーを
- 第42回 最終回も「意思決定」について