第37回 数値が示す表と裏
毎日新聞コラム「健康を決める力」
毎日新聞 2020年10月8日 東京朝刊
内閣支持率が高いようです。このようなパーセント(%)で示される数値には、必ず反対側の数値があります。皆さんの中には、%の数値を見ると、すぐ100%から引いて計算する方もいるでしょう。私はそうです。少し前までは内閣不支持率の方がメディアの見出しで掲載されていました。どちらが示されるかで、印象が違います。
これは健康や医療でも同様です。医師から「手術による生存率は90%です」とだけ言われる場合と、「手術による死亡率は10%です」とだけ言われる場合では、どちらの方が手術を受けようと思うでしょうか。前者のようにポジティブな方が、受けようと思いやすいことが知られています。
「フレーミング(枠組み)効果」といって、ポジティブな情報とネガティブな情報のどちらを伝えるかが、意思決定に影響します。医療者がこれを知らずに選択肢を説明すると、気づかぬうちにどちらかに誘導することになるかもしれません。
ただでさえ、人には自分に都合のいい情報ばかり集めようとする傾向(確証バイアス)があります。すぐにでも手術を受けたい人が、手術に対するポジティブな情報ばかり目にしてしまったら、どうなるでしょう。
こうした医療者の説明の仕方によって、患者が選ぶ治療法に偏りが出るとなると、患者中心とは言えません。そこで海外では、治療・検査・ケアなどを選ぶことについて、中立的にバランスよく支援をする「意思決定ガイド(英語ではディシジョンエイド)」が盛んに作られています。
しかし、せっかくのガイドなのに、フレーミング効果などに無頓着で情報が偏っているものもあったため、国際的な基準が作られました。
多くある基準の中には、各選択肢のポジティブな特徴、ネガティブな特徴の両方を記し、細部まで同等に示すことが含まれています。例えば生存率と死亡率なら、両方を示さなければなりません。「生存率90%」を極大に、「死亡率10%」を極小に表記するのはダメで、まったく同じフォントにする必要があります。
光が強ければ影も濃いと言います。両方を知り意思決定しましょう。=次回は12月10日掲載
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毎日新聞コラム「健康を決める力」
- 第1回 膨大な情報、適切に選択
- 第2回 多くの選択肢確保を
- 第3回 選択の自由 幸福感に
- 第4回 その情報、信頼できる?
- 第5回 元ネタは同じでも
- 第6回 信頼できる情報、どこに
- 第7回 情報をどう見極める?
- 第8回 統計理解しリスク回避
- 第9回 医学用語は「難しい」
- 第10回 対話で生まれる理解
- 第11回 記録文書を残す意義
- 第12回 「選択肢は一つ」は疑え
- 第13回 どんなものにも光と影
- 第14回 ギャンブルVS統計学
- 第15回 ストレス対処の「資源」
- 第16回 自己決定と幸福感
- 第17回 精神疾患が教科書に
- 第18回 子ども時に判断力を
- 第19回 手をとりあってこそ
- 第20回 平均寿命と平均余命
- 第21回 困難、課題対処する意思決定
- 第22回 看護週間 ケアの心を考えて
- 第23回 患者から「ティーチバック」大事
- 第24回 研究に患者が参加する意義
- 第25回 患者中心の意思決定のために
- 第26回 ヘルスリテラシーを測る
- 第27回 意思決定できるスキルを
- 第28回 行動できるかが大事
- 第29回 意思決定への自信を測る
- 第30回 自分にとって何が重要か
- 第31回 「からだ」「こころ」「社会」
- 第32回 長寿社会ニッポン 死と向き合う
- 第33回 「医療化」のリスク
- 第34回 「病気」が示す3つの側面
- 第35回 高齢者のコロナ対策
- 第36回 新型コロナ 意思決定の手助けに
- 第37回 数値が示す表と裏
- 第38回 「健康のためになる行動」とは
- 第39回 元ネタ増やす努力
- 第40回 「できる」という自信を持つこと
- 第41回 ヘルスリテラシーを
- 第42回 最終回も「意思決定」について