第32回 長寿社会ニッポン 死と向き合う
毎日新聞コラム「健康を決める力」
毎日新聞 2020年5月15日 医療プレミア
世界に拡大する新型コロナウイルスの感染者数や死亡者数が連日報道されています。特に死亡は、古くから国や地域の健康指標に使われています。生まれた女性の半分が90歳(男性は84歳)を迎えると期待され、病気や障害と共に前向きに生きようという時代に、健康を死亡で測るのかと思うかもしれません。それでも、昔は死に直結した病気が多かったですし、思いもよらぬ早すぎる死、既存のワクチンや最善の治療などで防げた死は受け入れがたいものです。
死亡率は、国や地域における、大抵は1年間に発生した死亡者数を分子、人口を分母として計算します。しかしそれは粗死亡率と呼ばれ高齢化で高くなるのが欠点です。
では死亡率は年齢によってどれほど高くなるのでしょうか。2018年の日本人女性の年齢別の死亡率を見てみます。最も低いのは9歳の0・00005で、まさに「万が一」未満です。それが50歳では0・001と1000人に1人となり、60歳では0・003、70歳では0・007と100人に1人に近づきます。80歳では0・02で50人に1人、90歳では0・09で10に1人、100歳では0・3で3人に1人、105歳以上は1で全員です。全ての死亡者数のうち70歳以上の割合は8割を超えます。ちなみに、5月6日現在、新型コロナの死亡者数における70歳以上の割合も同じです。
この50年間の死因別の死亡率の推移をグラフで見ると、目立って右上がりなのはがんで、18年の死亡者数は約37万人。次いで、心疾患(同21万人)、肺炎(同9万人)です。それは高齢者の割合が急増したからで、その証拠に、高齢化の影響を取り除くために分母の年齢構成をそろえた死亡率(年齢調整死亡率)ではむしろ減少しています。病気の死亡率が急増して怖いと感じるようなグラフでは、分母を要チェックです。それは新型コロナでも同様です。
私も日本人の平均年齢である50歳手前の頃から強く死を意識しています。人の記憶の中だけで生きていく確率は日々高まっています。今や怖くはないですが、人の死を受け止めるのは残された人ですし、次代の持続可能性のためにも、人工呼吸器の装着など人生の最期の選択肢は話しておきたいものです。
今ある命も、分母あっての分子のように、母あっての子の命です。今年は5月10日の母の日に贈答が集中するのを避けるため、花の業界団体が5月を丸ごと「母の月」にと提案しています。大切に過ごしましょう。
コメント
毎日新聞コラム「健康を決める力」
- 第1回 膨大な情報、適切に選択
- 第2回 多くの選択肢確保を
- 第3回 選択の自由 幸福感に
- 第4回 その情報、信頼できる?
- 第5回 元ネタは同じでも
- 第6回 信頼できる情報、どこに
- 第7回 情報をどう見極める?
- 第8回 統計理解しリスク回避
- 第9回 医学用語は「難しい」
- 第10回 対話で生まれる理解
- 第11回 記録文書を残す意義
- 第12回 「選択肢は一つ」は疑え
- 第13回 どんなものにも光と影
- 第14回 ギャンブルVS統計学
- 第15回 ストレス対処の「資源」
- 第16回 自己決定と幸福感
- 第17回 精神疾患が教科書に
- 第18回 子ども時に判断力を
- 第19回 手をとりあってこそ
- 第20回 平均寿命と平均余命
- 第21回 困難、課題対処する意思決定
- 第22回 看護週間 ケアの心を考えて
- 第23回 患者から「ティーチバック」大事
- 第24回 研究に患者が参加する意義
- 第25回 患者中心の意思決定のために
- 第26回 ヘルスリテラシーを測る
- 第27回 意思決定できるスキルを
- 第28回 行動できるかが大事
- 第29回 意思決定への自信を測る
- 第30回 自分にとって何が重要か
- 第31回 「からだ」「こころ」「社会」
- 第32回 長寿社会ニッポン 死と向き合う
- 第33回 「医療化」のリスク
- 第34回 「病気」が示す3つの側面
- 第35回 高齢者のコロナ対策
- 第36回 新型コロナ 意思決定の手助けに
- 第37回 数値が示す表と裏
- 第38回 「健康のためになる行動」とは
- 第39回 元ネタ増やす努力
- 第40回 「できる」という自信を持つこと
- 第41回 ヘルスリテラシーを
- 第42回 最終回も「意思決定」について