第25回 患者中心の意思決定のために
毎日新聞コラム「健康を決める力」
毎日新聞 2019年8月28日 東京朝刊掲載
先日、日本乳癌(がん)学会で「シェアードディシジョンメーキング(SDM)とは何か」という講演をしました。それは、医療者と患者が、意思決定においてエビデンス(根拠となる科学的なデータ)と価値観を共有し、患者が最も良いと思う選択肢について熟慮できるよう支援を受けることだと話しました。講演後には、医師の方から「よくわかったのでSDMを進めていきたい」とごあいさつをいただき、話してよかったと思いました。
SDMの普及については、欧米各国をはじめ、最近では台湾でも取り組んでいます。なぜでしょうか。国際的には、患者中心の医療が叫ばれて久しいですが、それは医師中心や疾患中心からの転換を意味します。そこでの患者中心とは、患者の好み・希望や価値観を重視した意思決定を保証し、そのために必要な情報を提供し支援するという意味で使われています。情報とは、データだけではなく、それに対する価値や評価を含むものです。その人にとっての各選択肢の長所と短所であり、科学的データや体験談などが含まれます。SDMは、患者中心を実現するための手段とされています。
SDMの背景にある考え方にも目を向けてみましょう。自分で決められることは人間の生まれ持った性質として幸せなことであり、自由に決められるためには支援が欠かせないということです。なぜなら、私たちの生活は世間の常識やしがらみ、権力や権威などといった社会との関係に根差しているためです。
多くの看護職から聞く話ですが、患者から「私、本当はこの治療はしたくないんです」と打ち明けられるそうです。周囲の判断を最優先しての話ならまだしも、いつの間にかそうなっていて言い出せないだけならどうでしょう。自分で自分のことを決めるのは時に難しい作業です。自分の価値観が問われます。価値観を英語ではVALUESと言い、価値を意味するVALUEの複数形で表現されます。いくつもの価値がある中で何が最も大事かです。心から納得できる意思決定のためには、さまざまな価値を知り、(生きる時間か自由かなど)何を優先したいのか日ごろから考えておく必要があるでしょう。
海外ではSDMを普及させるために、医療者に三つの質問をするキャンペーンがあります。試してみてはいかがでしょうか。医療に限らず、選択の自由や意思決定する喜びに恵まれない場合、役に立ちそうです。
(次回は10月2日掲載)
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毎日新聞コラム「健康を決める力」
- 第1回 膨大な情報、適切に選択
- 第2回 多くの選択肢確保を
- 第3回 選択の自由 幸福感に
- 第4回 その情報、信頼できる?
- 第5回 元ネタは同じでも
- 第6回 信頼できる情報、どこに
- 第7回 情報をどう見極める?
- 第8回 統計理解しリスク回避
- 第9回 医学用語は「難しい」
- 第10回 対話で生まれる理解
- 第11回 記録文書を残す意義
- 第12回 「選択肢は一つ」は疑え
- 第13回 どんなものにも光と影
- 第14回 ギャンブルVS統計学
- 第15回 ストレス対処の「資源」
- 第16回 自己決定と幸福感
- 第17回 精神疾患が教科書に
- 第18回 子ども時に判断力を
- 第19回 手をとりあってこそ
- 第20回 平均寿命と平均余命
- 第21回 困難、課題対処する意思決定
- 第22回 看護週間 ケアの心を考えて
- 第23回 患者から「ティーチバック」大事
- 第24回 研究に患者が参加する意義
- 第25回 患者中心の意思決定のために
- 第26回 ヘルスリテラシーを測る
- 第27回 意思決定できるスキルを
- 第28回 行動できるかが大事
- 第29回 意思決定への自信を測る
- 第30回 自分にとって何が重要か
- 第31回 「からだ」「こころ」「社会」
- 第32回 長寿社会ニッポン 死と向き合う
- 第33回 「医療化」のリスク
- 第34回 「病気」が示す3つの側面
- 第35回 高齢者のコロナ対策
- 第36回 新型コロナ 意思決定の手助けに
- 第37回 数値が示す表と裏
- 第38回 「健康のためになる行動」とは
- 第39回 元ネタ増やす努力
- 第40回 「できる」という自信を持つこと
- 第41回 ヘルスリテラシーを
- 第42回 最終回も「意思決定」について