毎日新聞コラム「健康を決める力」

第21回 困難、課題対処する意思決定

毎日新聞コラム「健康を決める力」

毎日新聞 2019年4月10日 東京朝刊掲載

聖路加国際大教授 中山和弘 著


アントノフスキーによる健康生成論

 新年度を迎えて、客員教員をしている放送大学で新しい科目「健康への力の探究」がスタートしました。ラジオで朝一番の6時(!)からで、テキストも発売中です。健康とは、それへと向かわせる力だとして、5人の教員が解説していきます。

 講座は健康社会学者アントノフスキーによる健康生成論を基にしています。健康か健康でないかは、線引きできるものではなく、連続していて、私たちはいつもそのどこかの位置にいるとします。その位置を健康でない方向へと導き、病気をつくる要因がある一方、健康へと導き、健康をつくる要因もあると見ます。

 病気をつくる要因は生活習慣や環境などの危険因子ですが、健康をつくる要因とは何でしょう。それはストレスなどの困難や課題に対処できる力です。それによって、病気になったとしても働いたり社会活動に参加したりできるし、健康だと感じられます。その力は自分や周囲の環境への信頼とも言え、首尾一貫感覚(sense of coherence、略してSOC)と呼ばれます。それは(1)何が起こっても理解できる(2)何とかなる(3)何事にも意味がある、という三つの感覚です。

 アントノフスキーは、ナチスの強制収容所から生還した女性のその後を追跡し、多くが過酷な経験で健康状態が悪化する中でも、元気な人がいることに注目しました。彼女らが共通して持つ感覚としてSOCを発見したのです。

 それは、ヘルスリテラシー、つまり問題解決のための選択肢とその長所・短所を知り意思決定できる力と共に育まれると考えられます。もし、幼少時から自分で意思決定せずに、誰かや周囲に任せきりだと、自信を得たり成長したりする機会に恵まれません。人生とはこういった岐路に立たされるものだ、その時はこう意思決定すれば何とかなる、その意思決定は次につながるものだと気づく機会です。

 そのような力がなければ、選択肢を知っても納得した意思決定は難しいでしょう。現在の医療ではインフォームドコンセントとして、説明を受けて同意を求められるようになってきましたが、他に選択肢がなかったり、可能な選択肢の説明だけで決めるよう言われたりすることもあります。そのため、新しい科目では、意思決定に直面した際、医療者と共に価値観を確認しながらじっくり考える、シェアードディシジョンメーキング(協働的意思決定)の方法についても紹介しています。。

次回は5月15日掲載

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