毎日新聞コラム「健康を決める力」

第20回 平均寿命と平均余命

毎日新聞コラム「健康を決める力」

毎日新聞 2019年3月6日 東京朝刊掲載

聖路加国際大教授 中山和弘 著


 厚生労働省の統計不正が問題になっています。授業で教えている日本人の死亡率やそれを基に計算する平均寿命も国の調査と統計に基づいています。死亡率は人口当たりの死亡数で計算され、分母が人口で分子が死亡数です。人口は住んでいる人全員を対象とした国勢調査で把握され、死亡数は死亡届を基に作成される人口動態統計によります。

 国勢調査の体制が十分でないと、すべての人に手が行き届かず人口が少なくなることで、死亡率は上がり、平均寿命は短くなります。逆に、調査が徹底され隅々まで行き届いていれば、結果として平均寿命は長くなります。さらに万が一、人口の水増しがあると、平均寿命は過大に評価されてしまいます。実際、過去にはある町が市になるために、水増しした事件があります。行政にとって、議員定数や交付金を多くするために人口は多いほうがよいのかもしれませんが。

 死亡届も正確に届けられ適切に処理されないと、平均寿命にまで影響が及びます。過去に死亡率を比較する研究に携わったことがありますが、外国の古いデータで死亡年齢を見たところ、200歳を超えている人がいて驚きました。生年月日を確認すると、確かに1700年代でした。

 健康の指標として重要な死亡率や平均寿命は、統計の確かさに左右されるので、統計は極めて大事です。

 現在、日本の平均寿命は、女性で世界2位(87・26歳)、男性で3位(81・09歳)です。そこから自分や親の年齢を引き、あと何年かなどと考えたことはありませんか。しかしその計算は適切ではありません。私の授業の最後の試験では「87歳の女性が『平均寿命まで生きたから、もういつお迎えが来てもいい』と言いました。何と声をかけますか」という問題を出します。

 なぜなら平均寿命とは、0歳の平均余命、つまり0歳の赤ちゃんがあと何年生きるかという期待値を示しているからです。平均余命は、ある年齢(例えば50歳女性)の人が今後何年生きるかの期待値で、その年齢以上の人の死亡率が現在と変わらずに続くと仮定し平均して何年生きるか(38・29年)を計算したものです。87歳の女性は、0歳に戻るのではなく、すでに激動の昭和と平成の時代を生き抜いたのですから、87歳の平均余命を見るべきで、それは7・19年です(表は主要な年齢だけです)。

 さて、あなたなら試験の解答には何と書きますか。統計には見方の正しさも求められます。

次回は4月10日掲載


---------------------------------------------------------------
2017年の主な年齢の平均余命(厚生労働省、単位・年)
0歳  (男)81.09年 (女)87.26年
10歳 (男)71.33年 (女)77.50年
20歳 (男)61.45年 (女)67.57年
30歳 (男)51.73年 (女)57.70年
40歳 (男)42.05年 (女)47.90年
50歳 (男)32.61年 (女)38.29年
60歳 (男)23.72年 (女)28.97年
70歳 (男)15.73年 (女)20.03年
80歳 (男)8.95年  (女)11.84年
90歳 (男)4.25年  (女)5.61年
100歳 (男)1.80年 (女) 2.37年

コメント

コメントを投稿

(コメント表示にはブログのオーナーの承認が必要です。しばらくお待ち下さい。)

毎日新聞コラム「健康を決める力」