毎日新聞コラム「健康を決める力」

第19回 手をとりあってこそ

毎日新聞コラム「健康を決める力」

毎日新聞 2019年1月30日 東京朝刊掲載

聖路加国際大教授 中山和弘 著


 中学の時に読んでいた雑誌「ミュージック・ライフ」で、英国のロックバンド・クイーンはアイドル的人気でした。曲は好きなのに素直に好きと言えない自分がいました。そのリードボーカルのフレディ・マーキュリーの半生を描いた映画「ボヘミアン・ラプソディ」を見ました。空港で荷物の運搬係をしていた彼はメンバーと出会い大成功し、45歳でエイズのため亡くなりました。メンバーにエイズを告げた時のセリフが心に残りました。「同情は時間の無駄だ。時間はすべて音楽に使う。悲劇の主人公にはならない。俺が何者かは俺が決める」(字幕通りではありません)。そして大観衆を前に本当の自分を確かめるかのようなパフォーマンスを見せます。その姿に涙が止まりませんでした。

 同じく涙したのが映画「こんな夜更けにバナナかよ」です。小学6年で筋肉が衰えていく難病の筋ジストロフィーと診断された鹿野靖明さんの半生が題材です。鹿野さんは、「母親には自分の人生を生きてほしい、自分自身の夢も実現したい」と考えて、自らボランティアを集めて自立した生活を送り、42歳で亡くなりました。「俺は一日一日が勝負なんだ」と言って、夜中に「バナナ食べたい」などと思いを正直に口にする一方、ボランティアに対しても「本音で話せよ、正直に生きているか」と問いかけるのでした。そして「命の責任は自分で持つ」という自分の信念を貫きました。

 どちらの映画も見た人に「力を与える」と思います。それを「エンパワー(empower)」と言いますが、その名詞形エンパワーメントは、生まれ持った力を生かせるよう、人生や生活を自ら決められるようにする、言わば、本当の自分を生きられるようにするという意味でも使われます。そして自分で健康を決める力=ヘルスリテラシーは、そのエンパワーメントのために不可欠なのです。

 しかしそれは決して一人では実現できません。それぞれの主人公は、バンドメンバーやボランティアに自分たちは家族だと話します。鹿野さんは「人はできることより、できないことの方が多いんだぞ」「思い切って人の助けを借りる勇気も必要」と語りました。

 欧州の患者組織は六つのゴールを掲げています。そこにはヘルスリテラシーもエンパワーメントも差別の解消もあります。愛するクイーンには「手をとりあって」と日本語の曲があり、東日本大震災のチャリティーアルバムにも入っています。誰もが差別されず、本当の自分を生きられるよう手をとりあいましょう。

次回は3月6日掲載


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欧州患者フォーラム(European Patients' Forum)の六つのゴール

  • ヘルスリテラシー:情報に基づいた選択のために情報と教育へのアクセスを推進
  • 質の高いヘルスケアへのアクセス:すべてのケアで患者や介護者のニーズに合わせる
  • 患者参加:政策や企画の開発や実施への参加
  • 患者エンパワーメント:意向・好みに合った意思決定とマネジメントを可能にする政策やヘルスケアの推進
  • 持続可能な患者組織:患者組織の開発・成長を支援
  • 差別の解消:教育や雇用、ヘルスケアで直面する差別に取り組む政策の推進


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