第16回 自己決定と幸福感
毎日新聞コラム「健康を決める力」
毎日新聞 2018年10月10日 東京朝刊掲載
「健康を決める力」のホームページより
ポルトガルで行われた保健医療分野のコミュニケーションをテーマとした学会に参加しました。タイルに彩られた街並みと同時に、世界中の研究者の熱い思いに魅せられました。最も多かった発表は、医療者が患者と情報や価値観を共有し、患者の決定を支援するものでした。これはシェアードディシジョンメーキング(協働的意思決定など)と呼ばれています。
他方、医療者が意思決定する従来の方法はパターナリズム(父権主義)と呼ばれます。これは父親が小さな子の意向を聞かず、よかれと思って決定するのが由来ですが、医療の発展で選択肢が増えると、患者の価値観がより重要になります。例えば、乳がんの場合、すべて切除する方法だけでなく、乳房を残す方法やすべて切除した後に人工的に乳房をつくる方法も選択肢になっています。そのため、日本乳癌(がん)学会では、患者は詳しい説明を聞いて、自分の希望も伝えて、納得して決めることを推奨しています。
世界で自己決定が重視されるのは、それが人間の生まれ持った性質として幸せなことだと考えられているからです。果たして日本ではどうでしょうか。先日、神戸大の西村和雄特命教授らの研究が目を引きました。2万人の調査の結果、健康、人間関係に次ぐ要因として、所得、学歴よりも「自己決定」が幸福感に強い影響を与えていました。高校や大学などの進学先や初めての就職先を誰が決めたかという質問に「自分で希望を決めた」を選んだ人ほど幸福感が強くなっていました。健康に関する自己決定ではありませんが、健康が最も強く幸福感と関連していたので、自分で健康を決める力があればさらに幸福感が高まるかもしれません。
加えて、この調査では「全く希望ではなかったが周囲の勧めで決めた」を選んだ人ほど不安感が強い傾向がありました。私たちは、さまざまな常識やしがらみと無縁ではないので、勧められると断りにくいものです。したがって、医療者を含めて十分に情報を集めた上で、最終的には他者の影響を受けずに自分一人で決めたい場合もあるでしょう。これをインフォームドディシジョンメーキング(情報に基づく意思決定)と呼びます。
このように、決め方に三つの選択肢があることを知り、必要に応じて使い分けられるのも幸せかもしれません。ポルトガルでは日差しの強い日が続き、グリーンワインと呼ばれる爽快な選択肢を知ったことも収穫でした。
(次回は11月14日掲載)
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毎日新聞コラム「健康を決める力」
- 第1回 膨大な情報、適切に選択
- 第2回 多くの選択肢確保を
- 第3回 選択の自由 幸福感に
- 第4回 その情報、信頼できる?
- 第5回 元ネタは同じでも
- 第6回 信頼できる情報、どこに
- 第7回 情報をどう見極める?
- 第8回 統計理解しリスク回避
- 第9回 医学用語は「難しい」
- 第10回 対話で生まれる理解
- 第11回 記録文書を残す意義
- 第12回 「選択肢は一つ」は疑え
- 第13回 どんなものにも光と影
- 第14回 ギャンブルVS統計学
- 第15回 ストレス対処の「資源」
- 第16回 自己決定と幸福感
- 第17回 精神疾患が教科書に
- 第18回 子ども時に判断力を
- 第19回 手をとりあってこそ
- 第20回 平均寿命と平均余命
- 第21回 困難、課題対処する意思決定
- 第22回 看護週間 ケアの心を考えて
- 第23回 患者から「ティーチバック」大事
- 第24回 研究に患者が参加する意義
- 第25回 患者中心の意思決定のために
- 第26回 ヘルスリテラシーを測る
- 第27回 意思決定できるスキルを
- 第28回 行動できるかが大事
- 第29回 意思決定への自信を測る
- 第30回 自分にとって何が重要か
- 第31回 「からだ」「こころ」「社会」
- 第32回 長寿社会ニッポン 死と向き合う
- 第33回 「医療化」のリスク
- 第34回 「病気」が示す3つの側面
- 第35回 高齢者のコロナ対策
- 第36回 新型コロナ 意思決定の手助けに
- 第37回 数値が示す表と裏
- 第38回 「健康のためになる行動」とは
- 第39回 元ネタ増やす努力
- 第40回 「できる」という自信を持つこと
- 第41回 ヘルスリテラシーを
- 第42回 最終回も「意思決定」について