第14回 ギャンブルVS統計学
毎日新聞コラム「健康を決める力」
毎日新聞 2018年8月5日 東京朝刊掲載
カジノ法が成立し、ギャンブル依存症が問題になっています。20年近く前、パチンコにハマった学生が、まだ知られていなかったギャンブル依存症を卒業研究のテーマにしたのを思い出しました。学生からは、いつもいいことがあるより、たまにいいことがある方にひかれる現象(「間欠強化」と言います)を教わりました。めったに勝たない方が喜びは大きいわけです。パチンコ客を調査すると、依存性が高い人ほど治療や援助を受けたくないという回答があり、問題の根深さをうかがわせました。
実は、私も学生時代には当時出た777で大当たりのパチンコや、特にパチスロにハマりました。続けて大勝ちしたビギナーズラックのためです。親からもらった授業料までつぎ込んでしまい(初告白です)、深く反省したと同時に、統計学に救われました。
当時はまだ「根拠に基づく医療」という言葉はありませんでしたが、それに統計学は不可欠です。今や、私の授業では、ビギナーズラックなどで思い込みが起こる仕組みを説明しています。見てもらうのは、表計算ソフトに関数を組み、0と1の数字のどちらかを、2分の1の確率でランダム(無作為)に何百個も並べる作業です。すると、ランダムとは、すべてが適度に散らばるのではなく、意外と0か1のどちらかに偏ったところができるのです。
「1=勝ち」とすると、最初にたまたま1ばかり出てしまった場合、結果としては勝ち続けて、私のように「才能がある」と思ってしまいます。血液型と性格の関係には科学的根拠はありませんが、きちょうめんそうな人に「A型?」と聞けば、5人に2人はA型ですから、続けて当たれば信じてしまうかもしれません。一旦信じてしまえば、その後は外れれば「珍しいね」、当たれば「やっぱりね」でしょう。
もし事前に0と1が出る確率が2分の1だとわかっていない場合はどうでしょう。数字をいくつ並べたら、確率を正確に予想できるでしょうか。10個程度では0か1に偏るかもしれません。これが病気の予防や治療の効果(効果あり=1、効果なし=0)の判定だったら重大です。何百何千と多い方が正確に近づくことがわかります。そこから1が多いところだけを抜き出すなど論外で、すべてを公表しなくてはなりません。
昔、パチンコ屋に向かう時、預けた貯金を下ろしに行ってくると言っていました。何とも情けない話ですが、高い授業料を払いました。
(次回は9月9日掲載)
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毎日新聞コラム「健康を決める力」
- 第1回 膨大な情報、適切に選択
- 第2回 多くの選択肢確保を
- 第3回 選択の自由 幸福感に
- 第4回 その情報、信頼できる?
- 第5回 元ネタは同じでも
- 第6回 信頼できる情報、どこに
- 第7回 情報をどう見極める?
- 第8回 統計理解しリスク回避
- 第9回 医学用語は「難しい」
- 第10回 対話で生まれる理解
- 第11回 記録文書を残す意義
- 第12回 「選択肢は一つ」は疑え
- 第13回 どんなものにも光と影
- 第14回 ギャンブルVS統計学
- 第15回 ストレス対処の「資源」
- 第16回 自己決定と幸福感
- 第17回 精神疾患が教科書に
- 第18回 子ども時に判断力を
- 第19回 手をとりあってこそ
- 第20回 平均寿命と平均余命
- 第21回 困難、課題対処する意思決定
- 第22回 看護週間 ケアの心を考えて
- 第23回 患者から「ティーチバック」大事
- 第24回 研究に患者が参加する意義
- 第25回 患者中心の意思決定のために
- 第26回 ヘルスリテラシーを測る
- 第27回 意思決定できるスキルを
- 第28回 行動できるかが大事
- 第29回 意思決定への自信を測る
- 第30回 自分にとって何が重要か
- 第31回 「からだ」「こころ」「社会」
- 第32回 長寿社会ニッポン 死と向き合う
- 第33回 「医療化」のリスク
- 第34回 「病気」が示す3つの側面
- 第35回 高齢者のコロナ対策
- 第36回 新型コロナ 意思決定の手助けに
- 第37回 数値が示す表と裏
- 第38回 「健康のためになる行動」とは
- 第39回 元ネタ増やす努力
- 第40回 「できる」という自信を持つこと
- 第41回 ヘルスリテラシーを
- 第42回 最終回も「意思決定」について