毎日新聞コラム「健康を決める力」

第10回 対話で生まれる理解

毎日新聞コラム「健康を決める力」

毎日新聞 2018年3月11日 東京朝刊掲載

聖路加国際大教授 中山和弘 著


価値観に合った選択をすることが重要

患者が情報を十分に理解して価値観に合った選択をすることが重要
(「健康を決める力」https://www.healthliteracy.jp/より)


 先月出版された孫大輔さんの「対話する医療--人間全体を診て癒すために」(さくら舎)が、(私の本と共に)好評です。健康や医療において対話が持つ力を、わかりやすく解説しています。孫さんは日本では貴重な家庭医で、人生の伴走者のように人間と家族全体を診るために対話を大事にします。それでも、診察室では患者が本音を話せていないと感じて、患者・市民と医療者が対等に対話できる場として「みんくるカフェ」をつくりました。出会いはツイッターでしたが、私の研究室に社会人大学院生として所属し、カフェの参加者の意識調査を実施しました。調査を通じ、多様な価値観を持つ人との出会いから、多くの人がものの見方が変わる学びを得たり、ヘルスリテラシーを向上させたりしていることが明らかになりました。その成果で、孫さんは看護学の博士号を取得しました。

 カフェに参加し、話題提供をしたことがあります。患者中心の意思決定、すなわち患者が情報を十分に理解して自分の価値観に合った選択をすることについて話しました。その中で「インフォームドコンセント」に触れました。広辞苑にも載っている言葉で、医療現場ではIC(アイシー)として定着しています。「説明と同意」と訳されますが、「インフォームド」とは「情報を得た上での」「情報に基づいた」という意味なので、説明するだけでなく、患者が情報を十分に理解する必要があります。

 教育現場では「これはもう説明したはずです」などと学生や生徒に嫌みを言う教員がいるかもしれません(私も言いそうになります)。しかし、実は教員が十分に理解させていなかっただけだとも言えます。

 では、聞き手が情報を十分に理解できているかは、どのようにしてわかるのでしょう。授業や講演では、何度もうなずきながら聞いてくれる人を見かけます。しかし、後でその人が書いてくれた感想を期待して読むと、「意外と理解してくれているわけでもないなあ」と思うことがあります。これを他の教員などに話すと、みんなが思い当たる「あるある話」のようです。

 カフェでのある医師の発言を覚えています。「自分は患者にわかりやすく説明していると思っていたが、そう思っていたことが傲慢だったと気づかされた」と。わかったかどうかは相手に確認するしかありません。このような気づきが生まれるからこそ、対話は大切で、「みんくるカフェ」の活動は全国に広がっています。

次回は4月22日掲載

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