1.健康のためには情報に基づく意思決定を

ヘルスリテラシーのある病院、職場、地域

1.健康のためには情報に基づく意思決定を

『これからのヘルスリテラシー 健康を決める力』(講談社、2022)
サイト『健康を決める力』をアップグレードしました
Amazon  版元ドットコム

情報チェックの「かちもない」と自分らしく決める「おちたか」の動画を公開しました
YouTube TikTok

ヘルスリテラシーのある組織の特徴とは

#

 ヘルスリテラシーは、単に個人の能力だけの話ではありません。職場や地域で言えば、そこで協力が得られるかどうか、職場や地域を変えていくことに参加できるかどうかを含みます。これは、職場や地域全体で考える問題であることがわかります。
 これはもちろん、病院などの医療機関でも同じで、患者や家族がヘルスリテラシーを向上させたり、ヘルスリテラシーに合わせてコミュニケーションを行えたりできるように変えていくには、当事者の参加が不可欠です。

 WHOのヨーロッパ事務局は、2013年にヘルスリテラシーに関するエビデンスを集めたレポートを出しています[1]。 そこでは、「ヘルスリテラシーのある組織」、すなわち誰もがヘルスリテラシーを常に向上させられる組織が持つ10の特徴が紹介されています。

 最近では、保健医療の専門家が、対象のヘルスリテラシーにあわせてコミュケーションできる能力もヘルスリテラシーであると捉えられていて、すべての人にそれが求められているのです。

組織の目標、体制、業務にヘルスリテラシーは不可欠とするリーダーシップを持つ
・ポリシーと基準を作成し実行する
・ヘルスリテラシー向上のゴールを設定し、説明責任を果たし、インセンティブを提供する
・財源と人材を割り当てる
・システムと物理的空間を設計しなおす
ヘルスリテラシーを、計画立案、評価尺度、患者安全、質の向上の中に組み込む
・ヘルスリテラシーの組織的な評価の実施
・ヘルスリテラシーの低い人に対する方針やプログラムの影響の評価
・ヘルスリテラシーをすべての患者安全計画のなかに組み入れる
全職員がヘルスリテラシーを持てる態勢をつくり、進捗をチェックする
・ヘルスリテラシーの専門知識を持つ多様なスタッフを雇う
・あらゆるレベルのスタッフのトレーニング目標を設定する
健康情報・サービスのデザイン、提供、評価のときに、サービスの対象者に入ってもらう。
・成人学習者やヘルスリテラシーの低い人を加える
・健康情報とサービスについて利用者からフィードバックをもらう
様々なヘルスリテラシーのスキルを持つ対象者に対して、スティグマを与える(烙印を押す)ことなく、そのニーズに応える
・ヘルスリテラシーについて普遍的予防策(ユニバーサルプリコーション)を適用する、例えば、ヘルスリテラシーが必要なときには誰にでも支援を申し出る。
・ヘルスリテラシーの低い人が集中している程度に応じて資源を配分する 
対人コミュニケーションにヘルスリテラシーの戦略を用いて、あらゆる接触の機会に理解しているかどうかを確認する
・理解しているかどうかを確認する(ティーチバックを使う)
・母語以外の言葉を話す人には、言葉の支援を確保する
・1度に伝えるメッセージは2つ3つに収める
・案内表示には、わかりやすいシンボルを使う 
健康の情報とサービスが簡単に利用できるようし、ナビゲーションによる手助けも提供する
・電子患者ポータルはユーザ中心にし、利用方法の練習ができるようにする
・他のサービスの予約が簡単にできるようにする
印刷物、ビデオ、ソーシャルメディアの内容は、わかりやすく、すぐに行動に移せるようにデザインして配る
・開発と厳しいユーザテストのために、ヘルスリテラシーの低い人を含めて、多様な対象ユーザを巻き込む 

ヘルスリテラシーの向上に職場で取り組む方法は

 そのレポートには、職場や地域での取り組みについても書かれています。まず、職場での取り組みについて紹介してみます。

 すでにわかっていることとして、職場での健康プログラムは行動変容に効果があり、それが最も効果を発揮するのは、付け足しのように提供されるのではなく、組織の戦略の中心に位置づけられているときだと書かれています。
 そのような介入をすれば、事故や傷病予防だけでなく、ストレスの要因(雇用の安定、仕事の要求度と自由裁量度、努力と報酬)への対処や適切なワークライフバランスの達成が可能なことがわかっているとあります。

 また、ヘルスリテラシーを高めるための投資には根拠があり、それは出勤率、業績、エンゲージメント、定着率、そして医療費を改善するとあります。雇用主が医療費に責任を負っているところでは、投資利益率(ROI)は4:1だと評価されているといいます。

 さらに、すでに効果的であることがわかっている活動について紹介してあります。先に述べた10の特徴と重なる点がありますが、職場のプログラムの開発に必要なこととして、次のことがあげられています。

  • 健康職場のための経営トップのリーダーシップがあること
  • 役員室から現場まですべての人が参加すること
  • 幅広い学習スタイルに対応した介入方法を採用すること
  • 家族を巻き込むこと
  • メッセージやプログラムを、シンプルでビジネスニーズに合ったものにすること
  • 介入の前後できちんとした尺度で影響を評価すること

 家族を含めてすべての人が参加することの大切さがわかります。また、職場で自然とヘルシーな選択ができるよう環境づくりとして、食事・ケータリング・自動販売機、距離を示して運動を促進する階段・歩道・標識、ストレッチができる休憩室などがあげられています。
 くわえて、ヘルシーなライフスタイルを実現した人にインセンティブを提供することがあげられています。そして、ピアサポート、すなわち互いに助け合うようなプログラムが健康アウトカムを改善しコストを下げることが証明されているとあります。

 人と人とのつながりやサポートが健康に大きな影響を及ぼすことは、すでに多くの研究で指摘されていることです。

ヘルスリテラシーの向上のための地域での取り組み

 では、地域の取り組みではどうでしょう。地域においても、ヘルスリテラシーの低い人に合わせてコミュニケーションをとり理解できていることを確認すること、コミュニケーションができない人にはできるような対策をもっていること、そのためにあらゆる計画やサービスで、利用者を参加させることが必要になります。

 利用者の参加は、組織が対象のニーズに合ったサービスができるために不可欠なものですが、これはただサービスの向上のためだけではないでしょう。組織を理解したり、組織の変化に参加したりすることで、住民のヘルスリテラシー、特に環境を変えることに参加できるヘルスリテラシーが身につくことが期待できると思います。

「ヘルスリテラシーのあるカナダ」にみるセクターを越えたつながり

 最後に、医療機関や地域、職場を越えてつながる、カナダのヘルスリテラシーへの取組みについて紹介します。
 カナダの公衆衛生協会は、「ヘルスリテラシーのあるカナダ」をめざして、インターセクトラルアプローチを活用していることで知られています[2]。それは、ヘルスリテラシーの向上のために優先して取組むことは何かを明確にし、そのために国と自治体や地域社会ができることは何かを考え、保健医療関係者、研究者、政策決定者の対話により、セクターを越えた仕事を促進するというものです。

 ヘルスリテラシーがある人とは次のような人であるとしています。

(1)セルフケアの方法を理解し実行する
(2)健康のためにライフスタイルの調整を計画的に実施する
(3)情報に基づいてポジティブな健康に関連した意思決定ができる
(4)いつどのようにヘルスケアにアクセスすればよいか知っている
(5)ヘルスプロモーション活動をみんなでシェアする
(6)コミュニティや社会の健康問題に取り組む

(1)から(4)は、個人的な活動ですが、(5)や(6)という社会的な活動が入っていることが特徴的です。

 3つの基本要素として、次のものがあげられています。

・知識の開発
 ヘルスリテラシーの向上に効果的なエビデンスを集め、その情報にアクセスできる知識基盤を開発・促進する

・意識の向上と能力形成
 公私セクターで働く人、専門家、住民が知識や能力を高める学習機会を開発し提供する。鍵となる利害関係者に注目してもらい、ヘルスリテラシーの重要性を伝えるコミュニケーション戦略を開発、実施、促進する。

・インフラとパートナーシップ形成
 ヘルスリテラシーの向上は複数のセクターで共有する責任である。5つのキーパートナーは行政、ヘルスセクター、教育セクター、職場・企業、コミュニティ組織(図書館、レクリエーションセンター、宗教施設、メディア、移民サービス、ファミリーセンター、女性センター、組合、高齢者サポートプログラム)。

 このように市民がすべて参加するのはもちろん、すべてのセクターがパートナーとなって行動する社会的な活動となっています。
 特にヘルスリテラシーの低い人、言い換えればその教育を受けられず低いままでいる人を、多様なセクターで受け入れて支援してくシステムをつくるものです。
 ヘルスリテラシーが低い人は、社会がつくり出しているという背景を見据えたものとなっています。

(中山和弘)

文献
[1]WHO Regional Office for Europe. Health literacy: The solid facts. http://www.euro.who.int/__data/assets/pdf_file/0008/190655/e96854.pdf
[2]Public Health Association of British Columbia: An Inter‐sectoral Approach for Improving Health Literacy for Canadians. 2012. http://www.phabc.org/userfiles/file/IntersectoralApproachforHealthLiteracy-FINAL.pdf 

コメント

海外では、社会的にヘルスリテラシーを向上させる支援をしていると知って驚きました。

里田 2017年3月 3日15:38

日本でも社会的な取り組みが増えていくことを期待します。

平野 2017年3月 3日15:51

コメントを投稿

(コメント表示にはブログのオーナーの承認が必要です。しばらくお待ち下さい。)