患者中心の意思決定支援とは?
5.患者中心の意思決定支援
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患者中心の意思決定支援とは
患者中心の意思決定という場合、まず、患者中心という言葉の意味を明らかにする必要があります。海外では、米国国立医学研究所の定義がよくみられて、それは、患者の好みや希望(プリファレンス)、ニーズ、価値観を重視した意思決定を保証して、そのための情報提供と支援をすることです。
また、意思決定とは、2つ以上の選択肢から1つ(以上)を選ぶことで、そこで大切なことは、複数の選択肢が明確にあって、そこから選ぶ作業がなければ意思決定にはならないということです。そして、選ぶときには、好みや価値観を重視するため、それらを明らかにしていく作業が大切になります。すなわち、自分が何を大事にして選ぶかなのですが、それが難しい場合には支援が必要だということです。
意思決定ガイドとは?
よりよい意思決定のためのツール
人はふだん、これまでの経験をもとにほとんど意識せずに物事を判断することによって、脳が使うエネルギーをなるべく少なくする傾向があります。これをヒューリスティックといいます。これまでの経験や勘などで直感的に判断する方法です。これは早く判断できるというメリットがあるのですが、十分に考えているとは言えません。また、人には物事を判断する時の考え方や癖(認知のゆがみ)があります(認知のゆがみについて知りたいときはこちら)。人生や健康に関わるような大きな決断の時に、十分に考えずに判断をしてしまうと後悔してしまうかもしれません。
大きな決断の場面における、よりよい意思決定とは、「十分に情報を得て、個人の価値観と一致した決定をすることであり、決定に参加した人が意思決定に満足していると表現すること」[1]です。
医療や健康に関わる意思決定において、患者が十分に情報を得られること、そして何を大事にして決めたいかをはっきりできるように支援することを目的としたツールを意思決定ガイドと呼びます。海外では、Decision aid(ディシジョンエイド)[2]と呼ばれています。日本では、ディシジョンエイドと呼んでもわかりにくいので、意思決定ガイドと呼ばれることが多くなっています。
意思決定ガイドは、患者と医療者がコミュニケーションを取りやすくし一緒に決定するのを助けるツールとも言えます。「AとBの治療方法の選択肢のうちあなたの場合はAが適しています。」という結論を出すことではなく、「AとBの治療方法の選択肢双方のメリットとデメリットに関する情報を偏りなく提供すること」と「AとBの治療方法のメリットとデメリットの中で、一人一人の患者にとって何が大事なのかを明確にすること」に焦点をあてています。
図1.意思決定ガイドを活用した意思決定支援の様子
選択肢のメリット・デメリットと価値観
意思決定ガイドの基本的な内容としては、以下のような表に示すことができます(表1)。
表1.選択肢の比較(Ottawa Personal Decision Guideを参考に作成)
まず、どのような選択肢があるかをリストアップします。ここでは、リンゴとブドウのどちらを選ぶかという例です。それぞれについて、メリットとデメリットをあげて、自分にとってどのぐらい大事なことなのか重みづけをします。
このように表にしてみないと、頭の中だけで、選択肢をあげたり、それぞれのメリットやデメリットを評価することは難しいことです。リンゴは皮をむくのが面倒というデメリットばかりに目が向いてしまい、メリットについて十分に検討しなくてブドウを選んでしまうかもしれません。実はブドウには、日持ちしないというデメリットがあり、選んだ後に後悔する可能性もあります。
また、すべてのメリットとデメリットが大事だと思って、すべてに5つの星を付けてしまったらどうでしょう。そうしてしまうと選べないことがわかります。星の数の差を付けないと選べないのです。それは、価値観、すなわち比較してどちらが大事かを決めなくてはいけないということです。
実際の意思決定ガイドは、これらの表の選択肢のところに治療方法や検査方法などが入り、メリットやデメリットのところに、効果や副作用などが記入されています。そして、それぞれのメリットやデメリットについて、その大事さを点数などで選ぶようにできています。
意思決定ガイドには、客観的なエビデンスに基づく選択肢のメリットとデメリットに加えて、どれが大事かを評価するための内容、すなわち価値観の明確化(Values Clarification)[3]が含まれることが大切です。これか言い換えると、エビデンスという客観的なものと価値観という主観的なもの両方で意思決定支援をするということです。
これらの意思決定ガイドは、簡単に手渡しできる冊子やパンフレットといった紙媒体のものだけでなく、DVD形式で映像やアニメーションを活用したもの、インターネットで映像やアニメーションに加えさらに自分の状態をチェックし、より自分に合った情報が得られるよう工夫されているものもあります。また、自分自身の考えを選んだり入力したりして印刷して診察時に医師に渡すことができるようになっているものも作られています[2]。
図2.意思決定ガイドの種類
選択肢の情報のバランスと中立性
意思決定ガイドでは、どちらの選択肢もメリットや特徴などバランスよく書かれている必要があります。リンゴのメリットとブドウのデメリットばかりが強調されていては困ります。
図3 . 選択肢の情報のバランス
したがって、意思決定ガイドは、教育を目的としている教材とは区別されます[2]。
例えば、「生活習慣病予防のために運動をしましょう」というものは教育目的です。生活習慣病の予防に運動に効果があるというエビデンスを基にして、運動の意義や運動の方法を理解してもらうこと、運動する習慣を身につけ実行することを目標に教材が作られます。つまり教材を手にした人が「運動してみよう」と思い、実際に「運動する」という行動がとれることを目標に教材が作られます。
他方、意思決定ガイドの場合は、エビデンスの情報を載せる部分は教育を目的とした教材と同じです。しかし、運動をするかしないかの選択肢であれば、それぞれの特徴、メリットやデメリットについて中立の立場からツールが作られます。つまり、どちらかの選択肢を選ぶ方向に情報が偏っているものは意思決定ガイドとは呼べない、または意思決定ガイドとしての質に問題があると言えます。
意思決定ガイドの利用による効果
意思決定ガイドの効果にはどのようなものがあるのでしょう? 2014年に発表された意思決定ガイド研究の効果をまとめた論文から見てみましょう。ここでは116件のランダム化比較試験の効果をメタアナリシスという方法でまとめています[2]。この方法でまとめられた結果は、エビデンスレベルが最も高いものとみなされています。(エビデンスについて知りたい方はこちら)
- 知識が向上する
- 確率を示してある場合、正確にリスクを認識しやすい
- 情報が足りないとか価値観がはっきりしないなどの葛藤が少ない
- 意思決定で受け身になりにくい
- 決められない人が少ない
- 医師と患者のコミュニケーションが向上する
- 意思決定やそのプロセスに満足しやすい
また意思決定ガイドの害はないということがわかっています。
幅広く活用できる意思決定ガイドもある
通常、意思決定ガイドとは、例えば、「乳がんに対しAとBの治療方法という選択肢がある」や「乳がん検診に対し検査を受けるか、受けないか選択肢がある」といった具体的な選択肢とそのメリットとデメリットについて説明したものです。
海外では、このような意思決定ガイドが多く開発されています。しかし、多くの患者がいる治療法などは、すでに存在する可能性は高いですが、患者が少ないと存在しないということがあります。そもそも、残念ながら、日本では、まだ開発されたものは少ししかないのが現状です。
そこで、幅広く活用できる意思決定ガイドがあります。オタワ意思決定ガイド(Ottawa Personal Decision Guide)[4]といい、治療や検査などの選択肢やメリットとデメリットが空欄になっているものです。
(こちらから日本語版をダウンロードできます。https://decisionaid.ohri.ca/decguide.html)
治療だけに限らず、例えば、病気になったあとの仕事についての選択、家族に病気のことを伝えるかどうかなどにも活用可能です。順番に沿って、空欄に自分の情報や考えを書き込んだりします。どこがまだはっきりしないかを知って対策を立てるのに役立ちます。看護師などの医療者と一緒に会話をして空欄を埋めながら必要な支援を得ることもできます。
ただし、1人だけで限られた時間の中で整理する必要がある場合、気持ちに余裕がない場合は書き込むのが難しくなります。
とくに、日本の現状では、まだ治療や検査に特化した意思決定ガイドがほとんどないので、それらが開発されるまでは、活用する価値は高いと思われます。
意思決定ガイドを使うタイミングと場面
意思決定ガイドを使うタイミング
意思決定ガイドは、決めるステップを前に進めるのに役立ちます。つまり、選択肢についてまだ何も考えていない状態から、そのことに関心を持つようになり、選択肢について正しい情報を得てよく考え、納得のいく自分らしい決定にたどりつくように導くものです。選択肢について関心を持つ頃や考え始めの頃に活用すると一番効果が期待できると考えられています[5]。
意思決定ガイドを使う場面
また、意思決定ガイドを使う場面としては、次のように医師の診察の時、看護師による意思決定支援の時のほかに、患者が自分で使用したり、家族が患者のために使用したりする場面などで使えます。
2016年12月6日公開 (大坂和可子、中山和弘)
引用文献
[1] A.M. O'Connor, Validation of a decisional conflict scale, Med. Decis. Mak. 15 (1995) 25-30.
[2] D. Stacey, F. Légaré, N.F. Col, C. L. Bennett, M.J. Barry, K.B. Eden, M. Holmes-Rovner, H. Llewellyn-Thomas, A. Lyddiatt, R. Thomson, L. Trevena, J.H. Wu, Decision aids for people facing health treatment or screening decisions, Cochrane Database Syst. Rev. (2014) 1:CD001431. doi: 10.1002/14651858.CD001431.pub4.
[3]A. Hilary, T. Llewellyn, Values clarification, in G.E.A. Edwards (Ed.) Shared Decision Making in Health Care: Achieving Evidence Based Patient Choice, Second ed., Oxford, University Press Oxford, 2009, pp.123-133.
[4] Ottawa Personal Decision Guide ○C 2015. O' Connor, Stacey, Jacobsen. Ottawa hospital Research Institute & University of Ottawa, Canada.
[5] A.M. O'Connor, User Manual-Decisional Conflict Scale, https://decisionaid.ohri.ca/eval_dcs.html, 2010 (accessed 18.03.13).
コメント
福島 萌 2018年4月12日13:22
金子 由佳 2018年4月19日15:17
石川 満理奈 2018年4月26日18:24
三澤 桂子 2018年5月10日13:22
阿部 沙也香 2018年6月28日15:29
間宮 万貴 2018年7月 9日16:51