保健医療の専門職のためのソーシャルメディア利用のガイドライン
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保健医療の専門職のためのソーシャルメディア利用のガイドライン
保健医療の専門職として、まず、医師がソーシャルメディアを利用する場合はどうでしょう。どのような点が注目すべき点なのかを知るために、すでに海外で作成されている医師向けのソーシャルメディアのガイドラインを紹介します[1]。医師以外の専門家でも共通して当てはまると思います。
アメリカ医師会のソーシャルメディア利用におけるプロフェッショナリズム
アメリカ医師会の医療倫理原則のなかには、ソーシャルメディア利用におけるプロフェッショナリズム(専門職意識)というのがあります[2]。それは、次のようなもので、まず先にソーシャルメディアの長所が述べられています。インターネットは、医学生と医師がすぐにコミュニケーションをとったり情報を共有したり、何百万もの人々に簡単につながることを可能にした。ネットワークづくり(social networking)への参加や同様のインターネット上での機会は、医師による個人の表現をサポートできて、オンライン上で個人個人の医師が専門的な存在感を持つことを可能とし、職業における同僚意識や仲間意識を育み、社会の健康に関するメッセージや他の健康に関するコミュニケーションを広く普及させる機会を提供する。
その上で、それは患者-医師関係に新しいチャレンジを生み出したとして、医師と研修医は、利用する場合に多くのことを考慮する倫理的責任を持つとしています。
倫理的な問題として、まずは患者のプライバシーと守秘義務をあげています。プライバシーについては、いくらその設定をしても結局は限界があり、ネット上に出てしまえば永久にそこに残ると釘を刺しています。患者-医師関係においては、専門職としての境界の維持が強調され、そのためには個人的な内容と専門的な内容を分けることを提案しています。さらに、患者との関係以外には、同僚との関係において、職業倫理上問題のある投稿に対しては、注意を促すなど、互いに監視することを勧めています。
イギリスGMCのソーシャルメディア利用のガイドライン
イギリスでは、医師の登録を司るGMC (General Medical Council、医事審議会)が医師のソーシャルメディアの利用のガイドラインを作成しています[3]。基本的なところはアメリカと同様ですが、まず、その長所が3つあるとしています。人々を健康関連の政策に巻き込むことをあげているのが特徴的です。
・人々の社会の健康や政策の議論への参加を促進する
・国内外の専門職のネットワークをつくる
・患者の健康とサービスに関する情報へのアクセスを促進する
また、匿名性について触れられています。誰もがアクセスできるソーシャルメディアにおいて、医師であることを明らかにしているならば、名前も明確にするべきとしています。医師を名乗った人が書いたものは鵜呑みにされやすく、専門家の見解として広く受け入れられる可能性があるためです。
ウェブ上の医師の活動におけるベネフィット、ピットフォール(落とし穴)および安全策
米国内科学会(ACP)と米国医事審議会連合(FSMB)は,ウェブでの医師の職業意識に関する声明を発表しています[4]。そこでは、ウェブ上の医師の活動におけるベネフィット、ピットフォール(落とし穴)および安全策という一覧表を作成しています。ベネフィットをしっかり意識しながら見られるつくりになっているので紹介します(表)。ネット上での活動内容別に整理されているので理解しやすいです。表 ネットでの医師のベネフィット、ピットフォール、安全策
活動内容 |
起こりえるベネフィット |
起こりえるピットフォール(落とし穴) |
推奨される安全策 |
---|---|---|---|
eメール、テキスト、インスタントメッセージによる患者とのコミュニケーション |
・アクセシビリティの向上 |
・守秘義務の問題 |
・デジタルによるコミュニケーションに適した話題についてのガイドラインの作成 |
患者の情報を集めるためにソーシャルメディアを利用 |
・リスクがある、または不健康な行動をしている患者の観察やカウンセリング |
・情報源の感度の高さ(本当に問題なのか) |
・探す目的や見つけたものの使い方をよく考える |
ネット上の教材や関連した情報を患者と一緒に利用 |
・自己学習を通して患者のエンパワメントを促進する |
・ピアレビューされていない情報によって不正確な情報が提供される |
・コンテンツの正確性を確保するため情報を厳しく吟味する |
医師によるブログやマイクロブログの開設と他者によるブログなどへの医師のコメント投稿 |
・アドボカシー(患者の権利擁護や政策提言)とパブリックヘルス(社会の健康)の向上 |
・感情のはけ口や暴言を含むネガティブなコンテンツで、患者や同僚の名誉を傷つける |
・投稿する前に一呼吸置く |
一般のソーシャルメディアに医師が自分の個人的な情報を投稿 |
・ネットワークづくりとコミュニケーション |
・専門職と個人の境界があいまいになる |
・ネットで社会的な活動するときは、ネット上の人格と個人と専門職者を区別する |
患者のケアについて同僚とコミュニケーションを取る手段にネットを利用 |
・同僚とのコミュニケーションが容易になる |
・守秘義務の問題 |
・メッセージ送信や情報共有の安全性を確保できる健康情報技術を活用する |
以下、活動内容別に見てみましょう。
Eメールを含めたテキストによる患者とのコミュニケーション
テキストによるコミュニケーションは、対面(face-to-face)でのやり取りにとって代わるものではなくて、両方を継続的に用いることを推奨しています。患者の情報を集めるためにソーシャルメディアを利用
患者の情報を集めることを目的にしたソーシャルメディアの活用が示されています。患者を見守り、緊急時には介入するベネフィットが挙げられ、ピットフォール(落とし穴)としては、患者の投稿が正確なのかどうかわからないことと、患者が医療者への信頼を失う可能性が指摘されています。推奨される安全策としては、見つけた患者の情報の利用方法とその影響をよく考えることとされています。ネット上の教材や関連した情報を患者と一緒に利用
患者が学習できるためにネットの情報をシェアするというのは、ソーシャルメディアでの活用方法としてはよい方法だと思います。ただし、情報の信頼性には注意が必要で、しっかりと吟味したものをシェアする必要性があげられています。しかし、ソーシャルメディアでは、たくさんの情報がやり取りされ、リンクなどからどんな情報にでも接触可能です。すべて吟味したものを提供しても、患者はいつでも検索して別の情報を手に入れることができます。そのため、患者にヘルスリテラシーが求められるところで、医療者はその向上のための支援を行うことも重要です。そこでは、継続的にやりとりできるソーシャルメディアの活用に期待がされます。
ブログやマイクロブログへの投稿
ブログやマイクロブログ(Twitterなど)への投稿ですが、ソーシャルメディア全体への投稿ととらえてよいでしょう。ベネフィットとして、アドボカシー(患者の権利擁護や政策提言)とパブリックヘルス(社会の健康)の向上、医師の「声」を紹介することがあげられています。投稿では、感情的なもの、ネガティブな発言も可能なので、投稿する前に一呼吸置くという実践的な方法が紹介されています。さらに言えば、翌日まで寝かせておくという方法もあります。そして、すでに上記のガイドラインで紹介されている個人的な発言か、医師としての発言かの境界を明確にすることが提案されています。
一般のソーシャルメディアに医師が自分の個人的な情報を投稿
ソーシャルメディアに個人的な情報を投稿することについては、やはり、個人と専門職の境界の問題が指摘されていて、それを区別することが提案されています。患者のケアについて同僚とコミュニケーションを取る手段にネットを利用
同僚と患者のことでコミュニケーションをとるというものでは、守秘義務の問題とあとはセキュリティの問題となっています。ソーシャルメディアや情報システムのセキュリティの問題もあるが、端末の管理、すなわちID・パスワードの管理やアクセス権の管理などが重要となってきます。イギリスの看護・助産審議会のガイドライン
看護師の場合はどうでしょうか[5]。イギリスのNMC(Nurses and Midwives Council、看護・助産審議会)は、責任を持って適切に用いれば、看護師・助産師・看護学生にとって有益であると書かれています。次のことをすれば、資格停止、学生なら資格が取れなくなると警告しています[6]。- 機密性の高い情報を不適切にシェアすること
- 患者やケアを受ける人々の写真を同意なしに投稿しないこと
- 患者について不適切なコメントを投稿すること
- 人々をいじめたり脅したり不当に利用すること
- 患者やサービスの利用者と関係を築いたり追い求めたりすること
- 個人情報を盗んだり誰かになりすましたりすること
- 暴力や自傷を促すこと
- 憎悪や差別をあおること
どちらかといえば、ソーシャルメディア上では患者や市民との関係はつくらず、看護職同士の利用においてエビデンスにもとづいた正しい情報を提供することや、同僚と協力的に働くためにコミュニケーションをとる手段として使うことが中心となっています。
アメリカの看護連盟全国協議会のガイドライン
アメリカでは、NCSBN(National Council of State Boards of Nursing、看護連盟全国協議会)が、ソーシャルメディア利用のガイドラインを出しています[7]。そこでは、ソーシャルメディアの長所として、専門家のつながりを育むこと、患者や家族とのタイムリーなコミュニケーションを促進すること、保健医療の消費者や専門家に教育や情報提供をすることがあげられています。さらに、その利用によって、看護師が自分たちの感情を表現したり、反省するかまたは友人・同僚・仲間やネット上の誰かからのサポートを探すことができるとしています。
日々記録をすること(Journaling)や反省的実践(Reflective practice)は、看護の実践には効果的なので、ネットでそれができる点にも触れられています。しかし、そのような長所があっても、注意しないと、問題が生じると指摘されています。
注意すべき内容としては、イギリスのものと同様ですが、ソーシャルメディアの迷信と誤解について紹介されていて、そのうち次のものを紹介しておきます。大事なことです。
- 投稿ややりとりは、プライベートなもので対象とする受信者しかアクセスできない(一度投稿されたものは他人に広めることができることをわかっていないかも)
- サイトから消したコンテンツはもうアクセスできない(投稿された瞬間からサーバーに残っていて、いつも裁判で発見される)
- 対象とする受信者にしかアクセスできないやりとりであれば、患者の個人情報を明らかにしても罪はない(これはそれでもやはり守秘義務違反)
医療系学生のソーシャルメディア利用
次に、学生の利用について考えてみます。2010年に、アメリカの看護大生が、トレーに入った胎盤から出たへその緒をつまみあげ、満面の笑顔で撮った写真をFacebookに投稿し退学になったというニュースが話題になりました[8]。それでも、学生は、写真の投稿は教員に許可を得ていた、匿名のドナーから提供された胎盤を用いた授業でのことで匿名性を侵害してはいない、復学させてほしいと裁判所に訴状を出しました。
彼女は「私たちは胎盤を観察したあの日は、看護師として重要な瞬間だと思ったのです。なぜなら、この驚くべき臓器は子供に、必要なすべての栄養を9か月間も提供してきたからです。」と述べました。退学処分は無効となり、学生は戻れることになりましたが、賛否両論を巻き起こしました。
日本でも、似たような事件は起こっていて、不適切な投稿がマスコミに広がり退学になった事例があります。医療者を目指して大切なことを学んだとシェアしたい気持ちにあふれていると見られるか、何の配慮もなしにアップしていると見られるのか、見る人の立場によってどのように違って見えるかの配慮が求められます。学んだ喜びやその努力を表現したり、最新の教育ではどのようなことを学べているのかを紹介することは、市民や患者にとっても、信頼や尊敬を持てるようになることです。そのような活用方法をぜひ身に付けてほしいものです。
おわりに
ここでは、ソーシャルメディアのガイドラインなどを紹介しましたが、欧米のものに並べて紹介できるような日本のガイドラインは見つけることができませんでした。ここで紹介した内容をうまく整理すれば、日本でのガイドラインのたたき台を作成できると思います。
日本では、個人的な利用は多いものの、保健医療への活用による長所のところで紹介した利用はまだ途上であるように思います。筆者は、これまでソーシャルメディアを教育研究のためにずっとオープンに活用してきていますが[9]、多くの方々がここで紹介した長所を意識化してつながりがさらに広がることを願っています。
(中山和弘)(公開日2017年4月4日)
文献
[1}中山 和弘:精神科医が注意すべきソーシャルメディアリテラシー.臨床精神医学 45(10):1259-1267, 2016 ダウンロード
[2]American Medical Association. Professionalism in the use of social media. AMA Principles of Medical Ethics, 2016. https://download.ama-assn.org/resources/doc/code-medical-ethics/code-2016-ch2.pdf
[3]General Medical Council. Doctors' use of social media. 2013. http://www.gmc-uk.org/Doctors__use_of_social_media.pdf_51448306.pdf
[4]Farnan JM, Snyder Sulmasy L, Worster BK, Chaudhry HJ, Rhyne JA, Arora VM; American College of Physicians Ethics, Professionalism and Human Rights Committee; American College of Physicians Council of Associates; Federation of State Medical Boards Special Committee on Ethics and Professionalism*. Online medical professionalism: patient and public relationships: policy statement from the American College of Physicians and the Federation of State Medical Boards. Ann Intern Med. 2013 Apr 16;158(8):620-7.
[5] 中山 和弘:基礎教育で教えなければならない情報リテラシー.看護教育, 54(7): 550-559, 2013. ダウンロード
[6]Nurses and midwives Council: Guidance on using social media responsibly
https://www.nmc.org.uk/globalassets/sitedocuments/nmc-publications/social-media-guidance.pdf
[7]NSCBN:A nurse's guide to the use of social media. 2011 https://www.ncsbn.org/NCSBN_SocialMedia.pdf
[8]福元 ゆみ:@wnursing せかいのつぶやき #04「看護学生による胎盤写真投稿事件 日本看護協会出版部 http://jnapcdc.com/archives/2829
[9]中山和弘:ソーシャルメディアがつなぐ/変える研究と健康.看護研究,44(1): 86-93, 2011. ダウンロード