「日本人のヘルスリテラシーは低い」で各太字タイトルのところに以下の文章を追加(一部修正)しました。文献も追加しています。
ヘルスリテラシーが高いオランダの特徴
『世界価値観調査』によれば、人生の選択の自由度が高い国ほど幸福感が高い傾向にあります。オランダが人生の選択の自由度とともに幸福感も世界の上位なのに対し、日本の幸福感は先進国では低めで、人生の選択の自由度はの平均点は83の国や地域の中で81番目です(『世界価値観調査』2017-2020)[8]。
健康情報とメディアリテラシー
日本人にとって最も一般的な健康情報源は、テレビ・ラジオ(77.5%)、インターネット(74.6%)、新聞(60.0%)であり、これらの情報源はそれぞれ70.5%、55.6%、76.2%の回答者が信頼しています[9] 。このように、テレビや新聞といったマスメディアへの信頼度が高く、インターネットへの信頼度が低いことは、健康情報に限らず、日本の特徴です。『世界価値観調査』によると、新聞やテレビに対する信頼度は、欧米諸国が約10%~40%であるのに対し、日本は約60%~70%となっています[8]。これに対して、インターネットに対する信頼度は、調査対象の25カ国・地域全体で74%であるのに対し、日本では51%と最も低いことが示されています[10]。インターネットは、メディアが取り上げる元となるオリジナルの情報(1次情報)である専門的な論文やデータを直接ダウンロードできるなど、自分で情報を取捨選択できるメディアです。日本ではインターネットからそのようなオリジナルの情報を得ることが難しいためか、諸外国では信頼性が低いと評価されるマスメディアからの情報に頼る傾向があります。とくに、これらのいわゆるオールドメディア上での医師らの発言は、高い信頼を得がちであると思われます。これらも批判的に見る必要がある中で、鵜呑みにすることには問題があります。日本では、自分で考えるよりも、頼ることができる情報が求められているようにも思われます[11]。言い換えれば、情報を選択肢の比較による意思決定に用いるというより、正しい選択肢、正しい答えを教わろうとしているのかもしれません。
子供のころからの意思決定できる力の育成と健康教育
また、日本人がそもそも意思決定が得意なのかという問題があります。意思決定の仕方やそれを可能にする環境には文化差があることが指摘されています。日本とオーストラリアの大学生を比較すると、日本の大学生のほうが意思決定における自尊感情が低く、意思決定時のストレスが高く、よく考えて自分で決めるよりも、他の選択肢の可能性を考えずにせっかちに誤って判断して決定してしまったり、意思決定を回避する傾向にあるという研究があります[13]。同様に、日本とオーストラリア、米国、ニュージーランド、香港、台湾の大学生を比較した研究でも、日本人が最も意思決定についての自尊感情が低く、意思決定を回避し、衝動的に決める傾向にあったとも報告されています[14]。それは、個人の意思決定を特徴とする西欧人と集団の調和を文化的規範とする日本人の違いによるという可能性が指摘されています。さらに、ビジネスリーダーの意思決定のスタイルを日本と米国と中国で比較したところ、日本では、データを集めて多くの選択肢を注意深く分析するスタイルが最も少なく、データよりも直観や関係を重視するスタイルが最も多かったという研究報告もあります[15]。さらに、意思決定できるかどうかには、選択の自由があるかどうかの影響を受ける可能性もあります。先に挙げたように『世界価値観調査』での人生の選択の自由度は、日本は最低ランクです[8]。これらは選べる選択肢が十分にないためか、意思決定のための情報が十分でないか、情報に基づく意思決定のスキルが不足している可能性が考えられます。
日本の学校教育での学習指導要領の問題もあります。2020年以降の新しい学習指導要領になって、保健の分野全体では、小中高を通じ、心身の健康には不可欠な「課題を見付け、その解決に向けて思考し判断する」という問題解決力や、意思決定力といった健康を決める力に関する項目が新設されたところです。これは保健の分野に限らない全分野に共通した話で、新しい学習指導要領でようやく「思考力・判断力・表現力」が前面に立って大きな柱として盛り込まれました。中高では「健康に関する情報から課題を発見し」という文言も加わり、高校のものを見ると「生涯を通じる健康に関する情報から課題を発見し、健康に関する原則や概念に着目して解決の方法を思考し判断するとともに、それらを表現する」「健康を支える環境づくりに関する情報から課題を発見し、健康に関する原則や概念に着目して解決の方法を思考し判断するとともに、それらを表現する」という項目が新設されています。今回初めて「情報」という言葉が入り、それは意思決定のためにあると考えれば、それまで意思決定が入っていなかったことがわかります[16]。
健康とは、心身の状態だけではなく、それを自分(たち)で変えられる「力」、生きる意味や生きがいを感じて「生きる力」を指すと考えられます(健康とは何か:力、資源としての健康を参照)。からだのことに始まり、細菌やウイルスなどの多様な生物、食や薬、運動と睡眠、ストレスと対処、性とジェンダー、老化と死、人間関係やコミュニケーション、社会と文化、メディアと情報リテラシー、リスクや確率の理解など保健以外の全科目とつながっています。これらの多様な情報や価値観を基に判断できる自分らしい「生き方」を身につけることでもあります。
最後に、国際的には自分で意思決定できることが幸せにつながっているとされますが、日本人ではどうなのでしょう。神戸大の西村和雄特命教授らの2万人の調査によると、健康、人間関係に次ぐ要因として、所得、学歴よりも「自己決定」が幸福感に強い影響を与えていました。高校や大学などの進学先や初めての就職先を誰が決めたかという質問に「自分で希望を決めた」を選んだ人ほど幸福感が強くなっていたのです。健康に関する自己決定ではないものの、健康が最も強く幸福感と関連していたので、自分で健康を決める力があればさらに幸福感が高まるかもしれません。人間関係が2番目なので、自分で健康を決めることを信頼できる人と共にできれば、さらに幸せになれる可能性があると思われます。
ヘルスリテラシーはソーシャルキャピタルの重要な要素であるともいわれます。人間関係における信頼やつながりを表すソーシャルキャピタルは、ヘルスリテラシーの向上のために互いに信頼しあって協力するような文化や風土でもあります。ヘルスリテラシーとソーシャルキャピタルを築き上げることが、自分たちの健康で充実した生活につながることを実感し、ともに喜べる機会をつくり出すことが重要だと考えます。