8.新型コロナウイルスとヘルスリテラシー

ヘルスリテラシーとCOVID-19への対応に求められる「か・ち・も・な・い」と胸に「お・ち・た・か」

8.新型コロナウイルスとヘルスリテラシー

『これからのヘルスリテラシー 健康を決める力』(講談社、2022)
サイト『健康を決める力』をアップグレードしました
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情報チェックの「かちもない」と自分らしく決める「おちたか」の動画を公開しました
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意思決定スキルが低い日本人

 日本においても、ヘルスリテラシーはCOVID-19への対応に必要であると考えられます。しかし、筆者らの調査によると、日本人のヘルスリテラシーは、欧州と比べて健康情報を入手、理解まではできても、情報を評価し意思決定するのが難しいという結果でした。この背景には、「情報に基づく意思決定(informed decision making)」が根付いていない可能性があげられます。海外の保健医療関連の公的サイトや論文では、この言葉をゴールとし、それを保証することの重要さが提示されているが日本で見ることは少ないと思います。



頻繁に変化する情報の信頼性を適切に評価して意思決定できるスキル

 そのことは情報の利用方法にも表れていると考えられます。日本人がよく利用する健康情報源は、テレビや新聞とインターネットですが、この中ではインターネットへの信頼が最も低くなっています 。テレビや新聞といったマスメディアへの信頼度が高く、インターネットへの信頼度が低いことは、健康情報に限らず、日本の特徴です。このようなパターンは、情報を選択肢の比較を通して意思決定に利用するよりは、信頼できるメディアから正しい選択肢、正しい答えを教わることを求めているようにも見えます。


 また、幼少期からの教育が影響している可能性もあります。日本の教育が情報を基に判断したり意思決定する力の育成を目的としてきていないためです。小学校から高校までの学習指導要領で、課題を解決するための「思考力・判断力・表現力」が大きな柱として前面に出たのは、ごく最近のことです。それまでは理解までが中心であり、このことがヘルスリテラシーの日本の特徴に反映している可能性があります。


 特にCOVID-19に対して適切に対処できるには、ヘルスリテラシーと共に、政治社会経済的な側面を含めた新しく不確実で頻繁に変化する情報の信頼性を適切に評価して意思決定できるスキルが問われると推測されます。

情報評価『か・ち・も・な・い』の基準について


 情報に基づいて適切に意思決定を行うためには、どのような情報評価と意思決定のスキルが必要なのでしょうか。情報評価については、すでに、『か・ち・も・な・い』を紹介しましたが、これはどのような基準で選ばれたかをみてみます。世界の多くの大学や公的機関の図書館のウェブサイトでは、CRAPテストCRAAPテストや、5つの基準AAOCCが紹介されています。これらを整理すると、次のように定義できると考えられます(表1)。


表1 情報を評価する5つの基準(AAOCC)

正確性、信頼性)(accuracy, reliability)情報が信頼できるか、情報源が明確か、十分な証拠が含まれているか
権威性、専門性(authority)著者や情報提供者の身元や資格が明確であるか
客観性、目的(objectivity, purpose)情報に偏りがないか、なぜ情報を提供するのか、広告や商業目的のために偏っていないか
最新性(currency)情報源の正確さは、情報が作成された時期や更新頻度に依存するため、情報が最新であるか
範囲、関連性(coverage, relevance)情報が知りたいことをどの程度カバーしているか、範囲は広いか、専門的か、他の情報との違いは何か

頭文字を『か・ち・も・な・い』としたものと対応させると、次のようになります。
か:書いたのは誰か=権威性、専門性
ち:違う情報と比べたか=範囲、関連性
も:元ネタ(根拠)は何か=正確性、信頼性
な:何のための情報か=客観性、目的
い:いつの情報か?=最新性


合理的スタイルと直感的スタイルの特徴

 意思決定のスキルについては、主な意思決定スタイルとして合理的スタイルと直感的スタイルの特徴を知る必要があります[1]。直感的スタイルは迅速である長所がありますが、情報不足になりがちな欠点があります。合理的スタイルでは、徹底した情報収集と事実の調査という情報の評価と、すべての選択肢を探り選択肢を評価するために長所と短所または利益とリスクについてよく考えることが含まれます。よりよい意思決定のためには合理的なスタイルが必要であると言うのは、ビジネス分野だけでなく、医療者と患者が一緒に情報に基づいて意思決定をするシェアードディシジョンメイキング(shared decision making、SDM)でも同様です。SDMの定義のシステマティックレビューによると、それに不可欠な要素は、選択肢の提示、長所・短所の議論、患者の価値観とプリファレンス(preferences、好み・希望・意向)です[2]。これは、根拠に基づくヘルスケア(evidence-based healthcare) でエビデンスと価値観の両方が重要であること[3]や、患者中心の医療は、患者のプリファレンス、ニーズ、価値観を考慮した意思決定を保証する点で共通しています[4]。


意思決定のスキルの使用頻度によるヘルスリテラシー


 そこで私たちは、健康情報に限らない情報の信頼性の評価基準を用いるスキルと合理的な意思決定のスキルがどれほど使われていて、包括的なヘルスリテラシー(ヨーロッパで開発されたHLS-EU-Q47)と関連しているかについて明らかにすることとしました。包括的なヘルスリテラシーの尺度では、確かに健康情報の評価と意思決定が難しいか簡単かを尋ねているのですが、どのような信頼性の評価基準を用いているのか、どのような意思決定のスキルを用いているのかは測定していないのです。

 2021年1月に全国20-69歳の男女3914人を対象としてウェブ調査を実施しました[5]。その結果、情報評価スキルとしての『か・ち・も・な・い』に対応する5つの項目(「情報を出している人や団体は、どのような資格を持つ人たちか」「別の情報と比べてどのような違いがあるか」「情報の元ネタ(情報源)は何か」「情報は、商品やサービスの宣伝のためではないか」「情報はいつ作られたものか」)を測定しました。回答の選択肢は「いつもしている」「よくしている」「ときどきしている」「たまにしている」「まったくしていない」でした。

 また、意思決定のスキルとして、選択肢、長所、短所、価値観に対応する4つの項目(「選べる選択肢がすべてそろっているか確認する」「各選択肢の長所を知る」「各選択肢の短所を知る」「各選択肢の長所と短所を比較して、自分にとって何が重要かはっきりさせる」)を用意しました。情報に基づく意思決定のためには、下記のような4つのプロセスが必要となり、選択肢は英語でオプション(option)なので、頭文字を取ると「お・ち・た・か」になります。納得したことを「胸(または腹)に落ちた」と言うので、「胸に『お・ち・た・か』」と覚えられます。

『胸に「お・ち・た・か」』
お:選択肢=オプション)→選べる選択肢がすべてそろっているか確認する
ち:長所→各選択肢の長所を知る
た:短所→各選択肢の短所を知る
か:価値観→各選択肢の長所と短所を比較して、自分にとって何が重要かはっきりさせる


 回答の選択肢は同様に「いつもしている」「よくしている」「ときどきしている」「たまにしている」「まったくしていない」でした。そして、『か・ち・も・な・い』も『胸に「お・ち・た・か」』も、これらの頻度が高い人ほど、ヘルスリテラシーが高くなっていました。評価基準を用いた情報の評価と合理的な意思決定をしている人ほどヘルスリテラシーが高かったため、これらのスキルを身に付けることでヘルスリテラシーが高くなる可能性が示されました。


 さらに、COVID-19の予防行動(マスク、手洗い、換気など8項目)の実施頻度とヘルスリテラシーが関連しているのか、情報の評価と意思決定のスキルが関連しているのかについても分析しました[6]。予防行動とはどれも関連していましたが、意思決定のスキル『胸に「お・ち・た・か」』が最も強く関連していました。エビデンスが十分でなく、政府やメディアなど情報提供がまだ安定していない状況では、自分の行動の選択肢を明確にし、効果とリスクを比較して意思決定できることが求められると考えられました。健康問題は研究が進めばエビデンスも変化するので、選択肢がある限り、また価値観が重要であるならば情報に基づく意思決定のスキルこそがより良い生き方のためには必要と考えられました。


情報評価と意思決定スキルへの今後の教育課題

 では、このような「情報の確認のしかた」(『か・ち・も・な・い』)と「すべての選択肢の長所と短所を知り、何が重要かをはっきりさせてから選ぶ方法」(『胸に「お・ち・た・か」』)についてどこで学んだのでしょうか。この調査ではそれぞれどこかで学んだことがあるかを尋ねたところ、いずれも4割以上が「学んだことはない」と回答しました。学んだことのある人は、いずれもインターネットが約4割、テレビが約3割、新聞・雑誌が15%、本が1割強などで学んでいて、大学が約6%、小中高校が約5%と学校ではほとんど学んでいませんでした[5]。多くは独学とも言える状況であることがわかります。


 ヘルスリテラシーは測定して変えられる健康の社会的決定要因だと言われます[7]。そもそも教育は健康の社会的決定要因の代表的なものですが、情報評価と意思決定のスキルを学べていないことが健康格差につながっているとすると大きな問題です。子どもの頃からそれらは教えられるべきで、日本の学校教育を変える必要があるのと、大人になっても学べる環境を作ることが求められます[8]。

そこで『かちもない』の動画と同様に『胸に「お・ち・た・か」』を広く知ってもらうために、わかりやすい動画を作成しています。
ご覧いただき、YouTube内にコメントを書いていただいたり、シェアしていただければ幸いです。



(中山和弘)(公開日2023年3月7日 更新2023年4月18日)

文献
[1]Hamilton K, Shih SI, Mohammed S. The development and validation of the rational and intuitive decision styles scale. J Pers Assess. 2016;98:523-535.
[2]Makoul G, Clayman ML. An integrative model of shared decision making in medical encounters. Patient Educ Couns. 2006;60:301-312.
[3]Djulbegovic B, Guyatt GH. Progress in evidence-based medicine: a quarter century on. Lancet. 2017;390(10092):415-423.
[4]Institute of Medicine. Crossing the Quality Chasm: A New Health System for the 21st Century. The National Academies Press; 2001.
[5]Nakayama K, Yonekura Y, Danya H, Hagiwara K. Associations between health literacy and information-evaluation and decision-making skills in Japanese adults. BMC Public Health 22, 1473 (2022). https://doi.org/10.1186/s12889-022-13892-5
[6]Nakayama K, Yonekura Y, Danya H, Hagiwara K. COVID-19 Preventive Behaviors and Health Literacy, Information Evaluation, and Decision-making Skills in Japanese Adults: Cross-sectional Survey Study. JMIR Form Res 2022;6(1):e34966 URL: https://formative.jmir.org/2022/1/e34966
[7]中山 和弘, ヘルスリテラシーとヘルスプロモーション,健康教育,社会的決定要因, 日本健康教育学会誌,22(1); 76-87, 2014, https://doi.org/10.11260/kenkokyoiku.22.76
[8]中山 和弘, 健康の社会的決定要因としてのヘルスリテラシー, 日本健康教育学会誌,30(2);172-180, 2022, https://doi.org/10.11260/kenkokyoiku.30.172

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